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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2013/02/08

正月恒例?「ザ・ベストテン中森明菜DVD」鑑賞(1)…文芸春秋最新号との奇妙なオーバーラップ

以前、一年前のお正月休みに山口百恵さんの登場回をまとめた5枚組DVD『ザ・ベストテン 山口百恵 完全保存版DVD BOX』(TBS、TCエンタテインメント)を鑑賞した話をしました。当時の山口百恵さんのリアルタイムの活躍を全く知らなかった私が、このDVDの中に切り取られて保存された1970年代当時の”ありのままの日本”を、それはそれで新鮮な驚きと感動を以って楽しむことができた…という内容でした。(→日常の中の大食い的風景(5)…山口百恵、ザ・ベストテン、そして大食い?!

そして、あれから一年が過ぎ、私はまたもや性懲りもなく、お正月休み用に新たなDVDボックスを購入したのでありました。それが、こちらの『ザ・ベストテン 中森明菜 プレミアムボックス』(TBS、ユニバーサルミュージック)です↓。

Amazon.co.jp:ザ・ベストテン 中森明菜 プレミアムボックス[DVD]

「お正月休みにザ・ベストテン」というのが恒例行事になりつつあるのは、ひょっとして私だけでしょうか?このDVDボックスを持って昨年暮れにドイツに戻った私でしたが、休みの日にちょこっと見始めたら、もう止まらない!週末中に一気に見終えてしまったのでした。というのも、山口百恵版の時とは明らかに異なり、中森明菜さんが初登場してからの1982年以降のザ・ベストテンの本放送の大半を私はリアルタイムで見ており、このDVDを見て「ああ、そうだった」と思い出すのみならず、「この回が収録されていない」「このやりとりがカットされている」「誰にモザイクがかけてある」といった部分まで、脳の奥に眠っていた記憶がこれでもかとばかりに勝手によみがえってしまう(笑)ため、そのタイムトリップの質が前回とはまるで異なっていたからでした。

そんな昭和の偉大な歌姫のデビューからの軌跡が全5枚・総計747分に渡り濃密に詰まっている『ザ・ベストテン 中森明菜 プレミアムボックス』、それはそれで引き込まれるのですが、このDVDには、明菜さんの歌やトークといった出演部分以外にも、大いに目を引く要素がそれはもう目白押しであります。

今、偶然にも私の手元には文芸春秋2013年2月号があります。父が先月ドイツに持ってきてくれたのですが、先日、何気なく中をパラパラとめくって驚きました。巻末の訃報欄「蓋棺録(ガイカンロク Obituaries)」(548頁)に旧年中に他界した人物が5名紹介されているのですが、その中の実に3名が『ザ・ベストテン 中森明菜 プレミアムボックス』に登場している人物ではありませんか!それではそのオーバーラップした3名を、文芸春秋に紹介されている順にベストテンの映像も交えて説明していきましょう。(緑字は文芸春秋の内容を中心に、各紙の報道内容も混ぜて要約したもの)

1) 小沢昭一 (1929年4月6日~2012年12月10日、享年83)
 俳優、エッセイスト。芸能史の研究、放浪芸の発掘・保存活動でも知られる。麻布中学では加藤武、フランキー堺、仲谷昇らと同級生で、彼らと演劇部を創部。1998年より前立腺癌にて闘病。長寿ラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」(TBSラジオ)は1973年放送開始、2012年の病状悪化後も死の直前まで出演を続け、12月14日放送分で放送終了。生前、自分の芸風を「冗談半分」「でも、残りの半分はシリアス」と表現。


『ザ・ベストテン 中森明菜』には1985年5月2日放送分(看板司会者久米宏さんがこの前の回で降板、新生ベストテンとなった回)に司会の黒柳徹子さんの応援として登場。

 

ちなみに、この時の出演が何らかのきっかけとなったのでしょうか。小沢昭一さんはこの3ヶ月半後となる1985年8月15日、『ザ・ベストテン』に今度は歌手として出演されました。”戦後40年”の節目の年の終戦記念日、『ザ・ベストテン』の中の「今週のスポットライト」というコーナーに登場した小沢さんは、「ハーモニカブルース」という曲の披露において、その歌の表現力の高さやハーモニカ演奏の上手さで視聴者を魅了しました。また、折りしもその3日前にはあの日航機123便墜落事故が発生、この事故に巻き込まれた坂本九さんへの言及もありました。さらに”昭和一ケタ生まれ”の矜持で若い世代に語りかける小沢さんのトーク、黒柳さんを筆頭に涙目の出演者一同、映し出される平和の真っ只中の東京の夜景…そんな真面目な演出が一転、出番を終えた小沢さんが今度は「おニャン子!」「チェッカーズ!」とはしゃぎまくる、そのハイテンションなミーハーっぷりとバイタリティ…まさに冒頭の文芸春秋の記事にも出てくる「半分冗談、半分シリアス」の芸風をそのまま地で行くものでした。今思い返しても、ベストテン史上最も強烈なインパクトのあった回の一つだったと言えるでしょう。

そこで私はTBSに対して声を大にして訴えたいのですが、本来はこういう回こそ後の世代にDVD化して残すのが彼らの使命ではないでしょうか。次の『ザ・ベストテン』DVDは是非とも、権利関係の複雑な特定歌手のDVDボックスはもう結構ですので、この小沢昭一さんの回に代表されるような数々の偉大なアーチストによる「後生に残したい名場面集」の発売をお願いしたいものです。

参考サイト: YouTube – 小沢昭一 ハーモニカブルース~丘を越えて~

(上記リンクでは、小沢昭一さんのトークに引き続き、1:51頃から「ハーモニカブルース」のオリジナル版を聞くことができます)

2)藤本義一 (1933年1月26日~2012年10月30日、享年79)
 作家、司会者。放送作家・脚本家として出発、1965年より日本テレビ放送網『11PM』の大阪・読売テレビ制作分のキャスターとなり、テレビ司会者として注目。妻は後にテレビ・タレントとして活躍する藤本統紀子。1974年、「鬼の詩」で直木賞受賞。


 『ザ・ベストテン 中森明菜』には1982年12月9日放送分、読売テレビ「全日本有線放送大賞」終了直後の同局からの中継で登場。中森明菜さんが読売テレビ局内の廊下を歌いながら歩き、『11PM』の男性出演者用の楽屋を訪問するのですが、その男性出演者の中に、タバコをくゆらす藤本義一さんの姿が確認できます。ちなみに、「全日本有線放送大賞」は元々『11PM』の中の年末企画「夜のレコード大賞」が後に独立して改称したものです。「全日本有線放送大賞」の独立以降も、放送後のパーティーや藤本義一氏による受賞者へのインタビューを『11PM』内で放送するのが恒例となっていました。

 

(左上:明菜さん登場を拍手で盛り上げる、左からヒロシ&キーボーの黒澤博さん、藤本義一さん、佳山明生さん。右上:グランプリ受賞の細川たかしさんの背後の鏡に、藤本義一さんのお馴染みの喫煙姿が映っている)

このベストテンDVDの中には藤本義一さんの発言シーンは一切ないにもかかわらず、時には眼光鋭く刺すような真剣さで、時には少年のような無邪気な笑顔で、中森さんの歌にじっと耳を傾けるその姿は、このDVDに登場するどの出演者にもない独特の圧倒的な存在感で引き立っています。

3) 宮史郎(1943年1月17日~2012年11月19日、享年69)
 「ぴんからトリオ」のボーカル。若い頃はとび職、魚屋の店員、鉄工所の工員などを転々とした。「ぴんからトリオ」は元は歌謡漫談グループで、並木ひろしと宮五郎(宮史郎の実兄)の三人で結成。売れない頃は塗装業や左官業でしのいだ。1972年発表の「女のみち」が大ヒット、1973年紅白歌合戦出場。そのヒットはグループ分裂などももたらし、1983年以降はソロ活動。CMや映画出演などでも親しまれた。

 『ザ・ベストテン』には1985年1月10日、自身ソロデビュー曲となった「片恋酒」(1984年5月1日発売)で「今週のスポットライト」のコーナーに出演。『ザ・ベストテン 中森明菜』では、中森さんの歌の前に鏡開きと揚げモチ作りのシーンがあり、ここで宮史郎さんが大活躍します↓。

 

左上は中森明菜さんの鏡割りのシーン。以降、女性タレントが次々とお餅を割ろうと続きますが、女性の力ではなかなかお餅が割れません。そこへ、スタジオ唯一の男性出場歌手としての面目をかけて、宮史郎さんが登場します(右上のシーン)。

久米 「宮さ~ん、行きましょう、力一杯!やっぱり男性にやっていただかないと、こういうものはね」
(宮さんがハンマーをバンバン振りはじめる)
黒柳 「うわぁ~」
久米 「あの、工事しているんじゃないんですからね」
宮  「アハハ、昔やっていました!」

 

昔はこういうのをやっていました…と胸を張る宮さんの表情(↑)は、先ほどの文芸春秋の記事にある「とび職、工員、塗装、左官などで生計を立てた」という略歴とも整合性がバッチリです。さらに、話題が移ってからも延々と一人でハンマーを振るって餅を割り続ける宮史郎さんに、思わず司会の久米宏さんが語りかけました(↓)。

 

久米 「割とマメな方ですね(笑)!」
宮  「そうなんですよ」
久米 「一度始めると止められないっていう方でございますが…」


宮史郎さんの性格がよく現れているやりとりです。それにしても、中森明菜さんのDVDの中に他の出演者の性格が存分に現れているというのも、このDVDの面白さの一つです。そして、文芸春秋の訃報欄との間に5分の3にも渡るオーバーラップがあること自体、『ザ・ベストテン』という番組が放送当時の日本において、まさに時代を写す鏡であったことを如実に物語っています。

さて、この宮史郎さん登場回については、他にも気になったことがあります。これについては、長くなるので次回に続きます。

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