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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2012/11/30

大食い本選マカオ回想録(4)…浮遊粒子状物質「PM10」とその人体への影響

前回は、2012年9月30日オンエアされた『元祖!大食い王決定戦inマカオ』のマカオロケ期間中に連日目にした、大気汚染度の指標である「空気質量指数」について取り上げました。そして、”不良”のコメントが付いていたその数値が、雨の降った翌日に劇的に低下したことから、大気汚染の程度には降雨量が大きく相関するのではないかと、マカオの地で考えておりました。

そして、あれから随分と時が流れ、先日ドイツのとあるキオスクで”China in Zahlen”なる真っ赤な表紙の雑誌に遭遇しました。そのタイトルを和訳するとしたら、『数字で見る中国』でしょうか。中をパラリと開くと、このようなページが…↓。なかなか面白そうだったので、即買いしてしまいました。

これは、前回コラムとも関連するタイムリーなデータです。中国における大気汚染レベルが、各省の省都別に表示されています。ここで掲載されているのは、大気中に浮遊する直径10ミクロン以下の粒子状物質(PM:particulate matter)の一年当たりの平均値である「PM10」という数値であり、これが大きくなればなるほど、釣り目で七三分けのマスク姿の(いかにも欧米人が典型的な中国顔としてイメージしそうな?)マンガ顔もまた大きくなっていきます(出典はChina Economic Review, National Bureau of Statistics of Chinaの2010年データ)。都市名が全て日本人に馴染みが少ないローマ字(ピンイン)表記となっており、これを頑張って漢字に直すのは大変でしたが、ここからPM10の都市別データを汚染の強い順、あるいは汚染の少ない順に、以下に書き出してみました。(数値の単位はmg/m3)

<空気の汚いトップ5>
1. 蘭州(甘粛省)0.155
2. ウルムチ(新彊ウイグル自治区)0.133
3. 西安(陝西省)0.126
4. 西寧(青海省)0.124
5. 北京(直轄市、首都)0.121

<空気のキレイなトップ5>
1. 海口(海南省)0.040
2. ラサ(チベット自治区)0.048
3. フフホト(内モンゴル自治区)0.068
4. 広州(広東省)0.069
  南寧(広西壮族自治区)0.069

ここで参考ながら、以下のページによると、東京都におけるPM10の年平均値は「一般排ガス測定局0.021mg/m3、自動車排ガス測定局0.023mg/m3」(2011年データ)だそうで、北京市の大気汚染の約5分の1に相当するようです。ちなみにドイツでは、1980年代末の東ドイツでPM10の年平均値が0.100(mg/m3)を越えていたのが、最近は0.020-0.030(mg/m3)程度で推移しています。さらに中国の2012年上半期データが以下のページの末尾に掲載されており、ウルムチ(新彊ウイグル自治区)がトップに躍り出てその数値も0.173へと悪化しているのに対し、蘭州(甘粛省)は2位となりその数値も0.143へ改善しているなど、トップ5の順位に多少の変動があることも分かります。

在中国日本大使館のホームページ

さらに非常に参考になるのが、下記のぺージです。

中国環境監測総站

このページでは、中国全土の各都市における大気汚染をリアルタイムで、しかも地図上でチェックできるのが特徴です。このページをみる限り、中国南東の沿岸部や島嶼部(華中~華南地区…省でいうと海南、広東、福建、広西壮族自治区あたり)が他地区と比べて常時その汚染度が低いことがわかり、その背景に高温多湿ないし多雨という気候の影響を伺うことができます。これは、前回コラムで降雨翌日の空気質量指数が劇的に下がったこととよく符号します。

他方、大気汚染の強い地域の分布は、汚染度の低い地区ほどにはその法則性がはっきりしているわけではありません。強いて傾向を挙げるなら、東北~華北の大都市(北京・天津)さらには大都市を多く抱える山東省、内陸の広大な砂漠を抱えた地区(省でいうと甘粛、青海、新彊ウイグル自治区)ないしそれらの風下に位置しつつ降雨量の少ない内陸省(四川、陝西、河南)は汚染が高くなるように思われます。しかし、例外もあります。なんといっても興味深いのが、同じ砂漠を抱える自治区における意外なほどの落差です。新彊ウイグル自治区のウルムチはPM10汚染が中国全土内でもトップクラスなのと引き換え、チベット自治区のラサと内モンゴル自治区のフフホトは、逆に空気のキレイさランキングの方で2位・3位入りを果たしているのです。新彊ウイグル自治区といえば、真っ先に思い浮かぶのはシルクロードと核実験といったところでしょうか。なお、ウイグルは石油と天然ガスの埋蔵量の高さでも知られ、元々の歴史的な交通の要所としての利点を生かして、近年はウルムチを中心に経済発展が著しく、製油業をはじめとした工業化も急ピッチで進んでいるようです。

ちなみに、手元にある例のドイツの雑誌の他データによると、ウルムチ(新彊ウイグル)とフフホト(内モンゴル)とラサ(チベット)の降水量はそれぞれ282.4、469.5、359.8(mm/年)とあります(ちなみにドイツの年間降水量は約870mm)。さらに、これらの都市の人口密度がそれぞれ244、166、15(人/km3)であることから、急激な人口増加や交通網の整備などが進む裏で、限られた水資源に群がる人口の過剰があり、草原減少などの同地区の更なる砂漠化と大気汚染に拍車をかけている…というシナリオなのかもしれません。

なお、PM10とは直径10ミクロン以下の浮遊粒子物質と書きましたが、そもそも10ミクロンとはどれくらいの長さなのでしょうか。医学部的知識としては、「髪の毛が100ミクロン(0.1mm)」「タバコの煙がだいたい0.2-0.5ミクロン」「ヒトの血液中の赤血球が6-8ミクロン」といったところを押さえておくとよいでしょう。なお、中国の北京に降る黄砂は4-20ミクロンなのに対し、東京に降る黄砂はおおかた4ミクロン前後なのだそうです。そして、PM10のうちさらに小さい2.5ミクロン以下の粒子状物質(こちらはPM2.5と呼ばれ、米国や日本では既に測定されているが、中国での測定はまだ北京市内など一部に限られており、全土での測定は2016年開始予定)は、PM10の数値の50-70%に相当すると言われております。

より大きな粒子を吸い込んだ場合、鼻粘膜や気管支の表面の線毛や粘液分泌物で捕捉され、痰などの形で排出が可能となるのに対し、より小さい粒子を吸い込むと、血管内や人体組織内に深く入りこむことが容易であり、健康被害のリスクが高まります。つまり、大気汚染をモニタリングするということは、下手したら血液の成分よりも小さいかもしれない微細な浮遊粒子を、私たちがもし肺から吸い込んだらどうなるのか…という、重大な話なのです。

ちなみに、ドイツが所属する欧州連合(EU)では、2005年以降のPM10の規制値はこのようになっています:
1. 原則として一日当たりの平均値を0.050(mg/m3)以下に押さえる
2. 上記を守れない日を年間35日までしか認めない
3. 年間当たりの平均値はさらに厳しく、0.040(mg/m3)以下とする
4. 2010年以降、EU規制値がさらに0.020(mg/m3)以下へと厳格化された(←ただし、ドイツは目下、この厳格化された規制値への移行を暫定的に延期中)

先ほどまで中国の”軒並0.10越え”の一桁多いデータを見てきたせいか、このEU基準はかなり厳しく感じられます。しかし、実はWHO(世界保健機構)が推奨している値こそが、この年平均値0.020という数値です。最近報道されたフクシマ関連の「放射能」の健康被害についての楽観的な予測とは大きく異なり、「浮遊粒子状物」の有害性についてはどうやら世界的なコンセンサスは固まっているようです。その結論部分をうまくまとめた新聞記事を先日目にしたので、該当部分を抜き出し、和訳して箇条書きします。(引用部分は青字)

Süddeutsche Zeitung 2012年9月27日「Feinstaub: Folgen für die Gesundheit」

「浮遊粒子状物」により引き起こされることが分かっている病気:
・元々持病として呼吸器系疾患(喘息、慢性閉塞性肺疾患COPD)のある人における、症状増悪ないし呼吸機能低下。
・肺炎→さらには肺ガンのリスク増大。
・循環器系疾患、心筋梗塞、脳梗塞のリスク増大。これに伴い死亡率も上昇。

「浮遊粒子状物」との因果関係が動物実験では実証も、人体ではまだ不詳である病気:
・糖尿病(動物では関連あり。人間では、女性の場合に関連がある可能性が示唆されている)
・脳への影響:ラットでは、鼻から嗅神経を経由しての「浮遊粒子状物」の脳内進入を確認。人体の場合は、「浮遊粒子状物」による(全身の)炎症の一環としての脳への炎症波及は考えられるものの、詳細はまだ不明。

「浮遊粒子状物」による健康被害の特徴:
・子供の中耳炎(子供の方が内耳道や中耳道が狭く、鼻やノドを経由して「浮遊粒子状物」による炎症が及びやすい)
・子供のアレルギー反応全般(子供の方が成人より強く出る傾向)
・粒子径が小さければ小さいほど、健康被害が出やすい
・「浮遊粒子状物」による疾患の発生機序は二つ。一つは粒子そのものが異物つまりアレルゲンとなること。二つ目は、粒子にニッケルや炭化水素といった(排気ガス由来の)有害物質が付着していることにより、その害がもたらされるもの。
・「浮遊粒子状物」には「これ以下なら安心」という閾値は存在しない。体内に取り込む量は少なければ少ないほど良いのであり、基準値はあくまでも目安でしかない。

対策方法:
・(幹線道路沿いなどの)”高濃度汚染地域”に住む者にとって、防御対策は第一に「マスク着用」(だが、常時実行可能とはいえないのが難点)。「エアコン」(←筆者注:空気清浄機と言った方が正確だろう)も有用だが、これには健康管理の上で欠点もある。三つ目の対策法として「健康的な生活…例えばビタミンを充分に摂る」などというのもある。しかし、これら三つはいずれも「浮遊粒子状物対策」の決定打とはいえない(←筆者注:科学的根拠に乏しいという意味もあると思われる)。せめて、基準値を厳しくしたりLEZ(ロー・エミッション・ゾーン)(←筆者注:ハイブリ車や電気自動車などのロー・エミッション車しか走ってはいけないゾーン)を遵守させることには意味がある。

必要な情報はだいたいこの記事に言い尽くされているといって良いでしょう。なお、重要な箇所は太字にしてみました。「アレルギー」「肺炎」「循環器系疾患」「内耳・中耳炎」は、実は当番組のキーワードといっても良かったかもしれません。この中のどれが誰とは個人情報保護の観点で言えませんが、このカッコ内の疾患全てが、番組中断期間中の当番組関係者の間で発生していたのです。中には、ロケ入り以降に症状悪化し、ケアに苦渋したケースもありました。今年の大食い本選における健康ケアの最大の特徴は、選手に対するケアよりも番組スタッフに対する医療ケアの件数の方が圧倒的に多かったことでした。それにしても、日本ではPM10は低いことになっているのに、「浮遊粒子状物質との因果関係がある(とされる)疾患群」がどうして番組スタッフに頻発するのか、実に不思議です。

ちなみに、「浮遊粒子状物質による健康被害と対策」に関しては、上述のドイツの新聞記事と驚くほど類似した内容が在中国日本大使館のページの中に並んでおり、これが(WHOをはじめとする)公的機関を挙げてのコンセンサスであることを伺わせます。「放射能」の害は無いかの如く無視することはあっても、「浮遊粒子状物質」については徹底的に予防原則に立った勧告が出来るのは、その人為的要因としての「工場のばい煙」「自動車の排気ガス」「工事現場の粉塵」など、自然要因としての「砂漠からの砂煙(ドイツで問題となるのはサハラ砂漠からの砂!)」「森林火災」などに対して、いずれも産業界がその解決ないし軽減のためのなんらかの手段を持っており、はっきり言えばその対策部分にビジネスチャンスが存在するからではないかと思います。現に、ドイツや日本も含めた世界各国が、エコカーやHEPAフィルター付き空気清浄機に汚染測定機器など、あれやこれやと中国市場での販売拡大を画策しています。これが、産業界が解毒方法を持たない害毒であったならば…と考えるにつけ、地動説のガリレオは偉かったとか、産褥熱のゼンメルワイスも偉かったとか、科学の非力とその歴史の長さをついつい考えてしまう今日このごろです。


<参考資料>
China in Zahlen (brand eins Wissen, statista.com, 2012)

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