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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2012/10/12

ドイツで観戦するロンドン・オリンピック2012 (11)…フェンシングの「時計トラブル」と大食いロケの「減算タイマートラブル」の思わぬ共通点

以前の連載で、ロンドンオリンピック開幕直後のドイツチームが不振を極めたこと、ドイツのメダル第1号が日本から二日遅れとなる7月30日だったこと、しかも、それが「疑惑つきのスッキリしない銀メダル」だったことなどを述べました(→ドイツで観戦するロンドン・オリンピック2012 (6)…氏より育ち?生育環境やお国柄がカギを握るメダリスト養成の秘訣)。その疑惑の競技とは女子フェンシング、種目はエペ(フランス語:épée、ドイツ語:Degen)、疑惑の試合とはこの種目の準々決勝、最終的に銀メダリストとなるドイツのブリタ・ハイデマン(Britta Heidemann)選手と、最終的に4位に終わることになる韓国のシン・アラム(Shin A Lam)選手による、試合終了直前一秒の攻防ならびに試合終了後の場外バトルでありました。

左上の光景を見覚えのある方もおられるかと思います。準決勝敗退直後に呆然と立ち尽くす申アラム選手の手前に、”こんなの有り得ない”という表情やゼスチャーで抗議する韓国コーチの姿があります。敗退に納得できずに人目もはばからずに悔し涙にくれる右上のShin A Lam選手は印象的でしたが、一体どういう事情でこうなったのか、あまり良く知らないという人がほとんどなのではないかと思います。

ドイツにおける当時の報道を見ていても、何といってもこれが「メダル第一号」であり、大会期間中はその喜びに水を差したくなかったのか、どのメディアもあまり事態の核心に触れるものは少なかったものの、「どうやら何らかの疑惑ないしお粗末な失態が隠れているようだ」という後味の悪さだけは、その歯切れの悪い説明の背後からプンプン匂ってきておりました。そして、オリンピックも全日程を終了し、大会記念誌やダイジェスト本が各社から相次いで刊行されるようになって初めて、何も知らなかった私もその「疑惑」の全貌をようやく掴むに至ったのでありました。

下記の動画は下に字幕がついて分かりやすいので、お時間がある方は是非一度通してご覧いただければと思います。どうやらこの話は「時計トラブル」だったということが分かります。

ニコニコ動画「ロンドン五輪フェンシング競技での韓国の疑惑の判定を解説してみた」より

まず基本事項から押さえます。フェンシングの個人戦とはそもそも、「3分間x3セットの合計9分の間に15点を先取した者が勝利」というルールで争われ、9分経過を待たずにどちらかが15点を先取すればその時点で試合終了、もし3セット終了時点で両者とも15点に達しなければ点数の多い方が勝ちとなります。ここで問題となるのは、3セット終了時点でどちらも15点に届かず、かつ同点だった場合です。この場合、一分間の延長戦となり、先に得点を入れた方がその瞬間に勝利する「サドンデス(sudden death)」の方式で争われます。

今回の”疑惑の準決勝”もこのケースで、3セット終了時点で5-5のまま一分間の延長戦に突入しました。ここで、フェンシング独特の延長戦ルールとして、「先に抽選でプライオリティ(優先権)を決める」というのがあります。一分の延長戦を終了しても相変わらず同点だった場合、優先権を持っている側が勝利するというもので、この試合でその優先権を持っていたのはシン選手でした。

さらにフェンシングを見る場合の注意点に、「相打ち」の扱いがあります。フェンシングをご覧になった方は、選手のユニフォームから電話器のコードのようなものが出ていたり、やたらとランプが点灯して試合が中断することに気づかれた事があるかと思います。選手のユニフォームの得点範囲部分(種目によって異なる:フルーレは胴体のみ、サーブルは頭腕を含む上半身のみ、エペのは全身)には電気配線が施されており、「ここを突けば得点になる」という部分に相手の剣が当たると、「ピーッ」という音とともに得点の入る側の選手の防具と床が点灯する仕掛けになっています。そして、両者同時にランプが点灯する「相打ち」の場面も比較的頻繁に登場します。通常なら「相打ち」は両者に一点ずつポイントが加算されるのですが、延長戦の場合は両者とも加算されず、どちらか片方のポイントでないと勝敗が決まらないことになっています。

さて、ここからが重要なのですが、フェンシング競技において試合時間を計測する時計は、「相打ち」があるとそのたびに自動停止します。大食い番組の競技の際に使用される減算タイマーは完全手動ですが、同じく減算タイマーを採用しているフェンシングでは、これが手動となるのは試合開始時、(自動停止後の)再開時、そして何らかの理由で試合中断を審判が指示した場合に限られます。先述の問題となった準決勝でいうと、一分間の延長戦に入ってからというもの、両者は何度も「相打ち」が続いており、時計の自動停止と手動再開というパターンを繰り返しておりました。

Rogue second spoiled South Korean’s Games (2012年8月3日Reuters発Yahoo.uk)(英語)
(ポイントとなる箇所を抜粋し和訳:)
・(8月3日の)金曜日、国際フェンシング連盟(FIE)が公式声明文を発表。その中には、女子個人エペ準決勝で起きたことの経緯、さらにはタイムキーパーの”お手つき”(too-quick finger)のせいで延長戦そのものを丸々1秒延長する羽目になったという内容も含まれていた。
・「延長戦に入ってから、実に4回もの相打ちが続きました。そして、時計が残り1分を指す『0:01』となり、そこからさらに2回の相打ちがあり、この時点でもまだ残り時間表示は『0:01』のままでした」「不幸なことに、試合がまだ中断中だったのに時計が誤って再スタートされてしまい、表示が『0:00』となってしまいました」と、FIEの声明文にある。関係者筋の情報によると、(誤スタート前の)時計の正確な残り時間は0.02秒だったとのこと。
・フェンシングのような動きの速い競技においては、小数点以下の秒数は勝敗を左右するほど重要である。ちなみに「相打ち」とは、両者の突きがヒットするタイミング差が40ミリセカンド(1000分の40秒)以下の場合をいう。
・FIEの声明文には、試合で使用するタイマーは既にミリセカンド単位で計測できる技術があるので、今後はこの1000分の1秒単位の時間を万人に表示して見せることのできる機械の導入が望まれる、とも書かれている。
・ロンドン大会主催者の弁:「今回の試合のタイムキーパーは技術部門のボランティア。これまでも今大会ではボランティアが一日中従事してきたが、問題が起きたことは一度も無い」
・FIEテクニカルディレクターの弁:「過去30年間この仕事をしてきたが、このような事は前代未聞。自分にはこのような状況を想定することすら困難」

以上を読めば読むほど、何とも言えない気持ちになります。この試合で勝ったハイデマン選手はもちろん、負けたシン選手にも全く非はなかったようです。かといって、ボランティアが時計の再スタートボタンを誤って早く押してしまったというヒューマンエラーを責めるのも酷でしょうし、残り時間の秒数が小数点以下僅かであろうことを薄々分かっていたはずの審判が、スピード感あふれるフェンシングという競技の時間軸から考えると果てしなく長いはずの”残り時間丸1秒”から試合再開を命じたこともまた、鬼のような判断だと糾弾すべき性質のものとも言えないでしょう。残り時間の秒数を小数点以下のオーダーで正確に表示・再現できるタイマーがあったなら、この勝敗結果は逆になっていたことも、これまた疑う余地はありません。そして、ハイテク電飾装置を時計と連動させて駆使しているフェンシング界にあって、そのようなタイマーを作る技術が今の世の中にまだ存在しないなどとは到底思えません。そんな中、大会関係者から繰り出される「今までもこのようにやってきて問題は起きなかった」「前代未聞」「想定外」といった、どこかで聞いたような言い訳が、ただひたすら空しく響くだけです。

さて、随分前置きが長くなりました。私がこの話を取り上げたのは、『元祖!大食い王決定戦』においても何度か「時計トラブル」が発生していた記憶があるからに他なりません。もっとも、この手のシーンはオンエア映像にはおそらく一切出てこないことでしょう。例えば、実に1年3ヶ月のブランクを経て再開された今年の大食い新人発掘戦でしたが、新人王を決定する6月10日の東京決戦において、いつものように司会の中村有志さんが太鼓を鳴らしながら試合スタートを次げる際、仰天のエピソードがあったのです。

中村さん:「それでは参ります。とんこつラーメン45分勝負、よ~い…スタート!」
選手一同(手を合わせながら):「いただきまぁ~す!」
(三秒程度経過したところでプロデューサーが慌てて大きく腕を振りながら乱入)
プロデューサー:「ちょっと、やめて!選手、食べないで!減算計のスイッチが入ってない!」
(一同ギクリ、減算タイマーへ視線集中。確かに、タイマーは作動していない!)
ディレクター数名:「あーん、廣田さぁ~ん!」
(本番でタイマーにスイッチを入れる仕事は、今までもずっと美術の廣田さんが担当しているが、うっかり本番時にスタートボタンを押し忘れてしまった。大食いロケには本番用のスタートとダミーのスタートの撮影があり、確かに紛らわしいのは事実だが、今回のケースは2005年のロケ以来前例のない出来事であった)
丸山カメラマン(低い声でボソッと):「みんな!色々忘れてるぞ」

ちなみに、左上の写真がその美術の廣田さんです。写真はまさに東京決戦が行われた東京台場・船の科学館前のもので、強い日差しの中でも司会・選手・スタッフ一同から残り時間が見やすくなるようにと、減算タイマーに日よけパネルを取り付けているところです。さらに右上は、本選四回戦が行われた千葉・マザー牧場における”本選仕様”の減算計で、予選とはパネル部分のデザインも脚部の柄模様も趣きを変えているなど、すんばらしいセンスが光る卓越したお仕事をされる人物です。なお、その右後方の芝生に座ってくつろいでいる白い帽子に青いシャツの人物が、先の「みんな!色々忘れてるぞ」発言の主である丸山カメラマンです。

なお、減算タイマーの「スイッチ入れ忘れ事件」は確かに今回が初めてのことでしたが、過去には「タイマーが勝手に止まっちゃった事件」なんてのもありました。いつのロケかは手元に資料がないので思い出せないのですが、試合後半に入っていつの間にか時計が止まっており、しかもそれに誰も気づかず試合が数分程度進んでいたということが、実際に本番中に起きました。このときは、私が試合開始からの経過時間を手持ちのストップウォッチで計測しており、このタイムを元に減算タイマーの残り時間を秒の単位で正確に再現させて時計を再スタートし、事なきを得ました。多分、このエピソードもまた、オンエア映像上は無かったことにされていると思います。なお、単なる医師である私がなぜ大食いロケ現場に毎回ストップウォッチを持参するようになったのか、その経緯については以前の2本のコラムに書きましたので、興味がおありの方はご一読下さい(→大食いドクターのカバンの中身(3)…ストップウォッチ編(前)、→大食いドクターのカバンの中身(4)…ストップウォッチ編(後))。

この「時計が止まっちゃった事件」の際は、腕時計等で残り時間をアバウトに再現しようとする現場スタッフに対し、私は「残り時間は秒の単位で正確に表示を再現してもらわなければ困る」と猛烈に主張しました。スタッフが私の剣幕にやや当惑気味だったころからも、当時のスタッフには「たかが一秒前後のズレ」に対してはさして深刻ととらえていなかったのかもしれません。しかし、大食い競技の最後の一秒は、吐き気や気分不快との壮絶な格闘の中で永遠に匹敵する長さに感じられたり、人によっては死ぬほど苦しく辛いものである可能性が高いのです。先述のフェンシング準決勝における最後の一秒が、シン・アラム選手にとっては苦しい防戦、ブリタ・ハイデマン選手にとっては時間切れ敗退への恐怖と焦りを意味したであろうことと同様、「大食い競技の最後の一秒」の厳しさもまた、同じ体験をしていない外部の者が安易に軽く考えてはいけないのだと、私はどうしても両者を結びつけて考えてしまうのです。

『元祖!大食い王決定戦』(TV東京)においてもまた、「永遠のように長い一秒」もあれば、「一秒に泣く濃厚な人間ドラマ」も展開されてきました。コンマ何秒の違いはそのままほんのひと口の差となり、最後は残量の計量勝負で泣く人も、私たちは数多くみてきたはずです。だからこそ、大食いスタッフにもまた、「時のトラブルの回避」、ひいては「競技の公平性の担保」という部分に関して、今まで以上にその意識を引き上げて欲しいと願います。

最後に、この「最後の一秒」に関するTagesspiegel紙の記事の冒頭段落の訳文がなかなか味があるので、和訳して締めくくりたいと思います。

Fechterin Britta Heidemann: Eine Sekunde fuer die Ewigkeit “永遠にも匹敵する一秒”(2012年7月31日Tagesspiegel)(独語)
(やや意訳だが、和訳:)
たったの一秒が、この世の全てとなりうる。たったの一秒が、ドラマを巻き起こすこともできれば、四年間にわたり準備してきたその努力に報いることもできるし、そのような積み重ねを一瞬にして無に帰すこともできる。いずれにしても、ブリタ・ハイデマン選手とシン・アラム選手によって争われた五輪フェンシング競技のエペにおける準決勝の最後の一秒は、この世界における「最も有名な最後の一秒」となるのかもしれない。

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