Nagoya Talents' Network - タレコラ

Dr.片山晴子 RSS Feed

金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2012/09/07

ドイツで観戦するロンドン・オリンピック2012 (6)…氏より育ち?生育環境やお国柄がカギを握るメダリスト養成の秘訣

ロンドン五輪におけるドイツチームですが、最も期待されていた競泳陣のメダルゼロという思いもよらぬ大不振が響き、メダル争いに大きく出遅れたという話は先々週ご紹介しました(ドイツで観戦するロンドン・オリンピック2012 (4)…トビウオ・ジャーマニーの大誤算と驚きの人生設計)。日本が開会式翌日となる7月28日に早々とメダル第1号(男子柔道60kg級で平岡拓晃選手が銀メダル)をかっさらっていったのとは対照的に、ドイツがそもそも初メダルにありついたのがその二日後となる7月30日(それも疑惑つきのスッキリしない銀メダル…これについては後日別稿予定)。そして、ドイツ国民が待ちに待った押しも押されもせぬ金メダル第1号の瞬間を迎えたのは、開会式から既に4日も経過した7月31日のことでした。必然的に翌日のニュース番組はこの話でもちきりとなります↓。
 

「Endlich Gold für Deutschland(ドイツにやっと金)」という見出しの左のニュースで女性キャスターが安堵の表情を見せれば、右の国営放送の男性アナウンサーは”本当は大喜びしたいのをあえて抑えてます”とでも言いたそうなスマイルで、それぞれ朗報を伝えています。実はドイツはこの日(7月31日)、金2個・銀2個・銅1個と、この一日だけで一気に計5個のメダル獲得というメダルラッシュに恵まれたのですが、中でも待望の「やっと金」を獲得したのは、誰のどの競技でしょう?まずはその2個の金メダルについてご紹介しましょう。

一個目の金:総合馬術団体(英:Equestrian Team eventing、独:Vielseitigkeit Mannschaftswertung)

ドイツチームはSandra Auffarth(25歳女性)、Michael Jung(男性・この日が30歳の誕生日というバースデー金メダリスト!)、Ingrid Klimke(44歳女性)、Dirk Schrade(34歳男性)、Peter Thomsen(51歳男性)の男女混成の5人組から成ります。日本代表の法華津寛選手の71歳という年齢も話題になりましたが、ドイツ馬術チームも若者に負けじと50歳前後世代(アラフィフとでも呼ぶのでしょうか?)が相当貢献したところをみると、馬術は比較的高齢になっても高いパフォーマンスを維持しやすい息の長いスポーツなのだろうと思われます。ちなみに馬術総合個人の方はMichael Jungが金メダル(後述)、Sandra Auffarthが銅メダル獲得という「ワン・スリー・フィニッシュ」であり、ドイツ全体の馬術レベルの高さをもうかがわせます。

この5名の金メダリストのプロフィールを読んでビックリするのは、彼らが揃いも揃って子供の頃から長い乗馬歴があり、親が元乗馬選手だったり実家が厩舎だったりするという、抜群の生育環境に恵まれていることでした。例えば、Michael JungとIngrid Klimkeは父親が元・ナショナルレベルの馬術選手という、”馬以上に本人がサラブレッド”とでもいうべき共通点があります。さらにSandra Auffarthは両親が厩舎経営、Peter Thomsenの親は農場経営で、彼らは子供の頃から馬に囲まれて大自然の中でのびのびと育ち、その過程で乗馬の競技生活でもジュニアからシニアへと華麗な戦績を積み上げていったようです。

5人の中でただ一人、Dirk Schradeだけは、親も周囲も農園や厩舎や乗馬学校といった世界と無関係の一般家庭の子でした。彼は8歳のときにはじめて乗馬学校でレッスンを受け、これを契機に馬術競技の世界に進むのですが、用具・飼育費用、遠征渡航費用、レベル毎にピンキリの授業料など、馬術の世界の出費は他の習い事と比べて決して安いとはいえません。そのような普通の家庭の子が馬術競技を継続していくにはどうしても経済的制約が伴うため、他の4名に比べて多大なる苦労と負担があったそうです(同じ馬術競技生活を日本で行った場合の苦労は、それ以上に物理的にも経済的にも半端なく、それこそ家を売らないと続けられない世界)。この辺の事情もあり、Dirk Schrade自身も銀行員としての勤務経験があるなど、乗馬一筋でキャリアを築いてきた残りの4人と比べてやや毛並みの違う存在といえるかもしれません。

二個目の金:総合馬術個人(英:Equestrian Individual eventing、独:Vielseitigkeit Einzelwertung)
 

 
なんだ、また馬かい!と皆様思われたことでしょう。そうです、また馬です!こちらが、さきほど述べた”馬以上に本人がサラブレッド”の英才教育金銅コンビのうち、金メダルの方のミヒャエル・ユング (Michael Jung)選手です。彼の実家はヘッセン州バートゾーデン市にてユング乗馬学校(Reitschule Jung)を一族経営しています。父は元・乗馬選手かつ現・乗馬学校指導者、母はその乗馬学校の馬の世話係という、文字通りの馬一家!この抜群に恵まれた環境で本人は物心ついた頃から乗馬一筋、8歳からは競技会にもドンドン出場という、究極の「乗馬の英才教育」を受けて育ちます。日本で言えば「星飛雄馬」と「星一徹」の世界でしょうか。ただ、この一家では「星明子」が姉ではなく母であるのと、ドイツには金メダリスト養成ギプスもなければ、ちゃぶ台も重すぎてひっくり返せなさそうです(笑)。

さらに調べると、彼には(先に乗馬を習っていたがそちら方面では開花しなかった)兄がいるとのことで、話が「イチロー」(メジャーリーガー鈴木一朗、現ニューヨークヤンキーズ)と「チチロー」(イチローの父・鈴木宣之氏)の世界に似ている気もしてきました。これで、「イチロー」が毎日特訓に行っていた小牧のバッティングセンターが「チチロー」の経営だったらドンピシャリの一致だったのですが、残念ながら事実はそう都合よくは出来ておりません(笑)。むしろ、イチローの父が多大な金銭的出費もものともせずに息子を連日バッティングセンターに連れて行った、という点が、上述したDirk Schradeのお父さんに近い苦労を彷彿とさせます。さらに調べると、同種目銅メダルのSandra Auffarthもまた、実家が乗馬学校兼厩舎でありながら、兄弟には乗馬に適性が無かったというエピソードがありました。「イチロー」「チチロー」のケースでは、イチローの兄に野球の適性が無いことを父が早い段階で見抜いて別の道を進ませ、その分の野球指導の情熱をイチローひとりに振り向けることになったという話でしたが、ドイツの乗馬学校の指導者たる父親たちの場合も、子供の適性を早い段階で見抜いた眼力が、後々の子供の幸福のみならず、メダリスト輩出のカギを握るポイントになったのかもしれません。

ここでさらに考慮されるべきは、ドイツの住環境です。例えばワタクシの住んでいる所の周囲はこんな感じです↓。
 

 
 
ひたすら広がる緑、緑、緑…大地の草をムシャムシャとほおばる牛に馬に羊…有り余る土地(笑)。それこそ牧場や麦畑にゴルフ場まで徒歩圏に普通にあるという、要するにド田舎に私は住んでいるワケです(これでも人口は5万人を越えており、フランクフルトから電車・バスで30分、車なら15分という利便性)。そして、全国統計によると「ドイツ国民の約6割は人口5万人以下の町に住んでいる」(注※参照)ので、ドイツ人の多くはこれ以上のド田舎に住んでいることになります。さらに馬つながりで、これは私がドイツに来て最も驚いたエピソードの一つでもあるのですが、同じ街に住む私と同い年の女医さん(今は開業医)は、それこそ馬を所有しており、平日は(自宅に場所がないので)街の厩舎に預かってもらいつつ、週末ごとに出向いて馬の世話と乗馬を楽しむという生活を今も送っているのです。日本の医者は勤務医も開業医もドイツの医者に比べて圧倒的に多忙であり、まして乗馬する医師なんて北海道にでも行かない限り一生会えそうな気がしません。それも、よっぽどヒマで恐ろしくバブリーにリッチな医師(悪徳とまではあえて言わず)でもない限り、その存在自体が有り得ないようにも思われます。ただ、ここで強調したいのは、このドイツの女医はドイツ全体で見たら決して金持ちの部類にも入らなければ貴族趣味でもないこと、彼女の生活自体も全く質素堅実そのものだということです。むしろ、世界的に有名なほど労働時間が長く自由時間が少ない割に可処分所得が少なく、土地本位制で生活コストが全ての面で高くつく日本と比べて、それだけドイツでは生活コストも馬を飼うコストも安いということなのだと思います。多くない収入であっても、その中からドイツ人は自分の可処分所得を(あくまでも常識的範囲内で)自分の好きなことに、そして自分の好きなように振り向けるということに非常に重い価値を置いており(しかも人と同じことをするのが大っ嫌いなので、流行に流されにくくブームを仕掛けることも難しいが、逆にマイナースポーツの振興にとっては有利なお国柄)、それでいてその庶民的生活の中に乗馬関連産業もちゃんと食い込めているということが、今回のドイツ馬術チームのメダルラッシュにも反映されているように思います。

メダリストを多数輩出するスポーツ振興の成否は、その国がどのような生育環境ひいては生活環境を自国民に提供できるかという部分に大きく左右されるのかもしれない…そんな論理がここから導き出されたワケですが、そんなことを考えるきっかけとなったのは今回の馬術のケースではなく、元々こちらの競技を見ていた時にひらめいた話でした↓。
 

 
 
これはスキート射撃の最終結果です。競技そのものの写真がなくて申し訳ないのですが、金メダルはアメリカのキンバリー・ロード選手(Kimberly Rhode)でした。カリフォルニア州出身の33歳の彼女は今回の優勝により、17歳で初参加した1996年アトランタ五輪を皮切りに5大会連続のメダル獲得(金・銅・金・銀・金の順)という偉業を達成したのですが、私にとってはその偉業よりもはるかに衝撃が大きかったのは、「彼女は9歳から射撃を始めた」という実況解説でした。9歳といえばまだハナ垂れだと思っていましたが、さすがは銃社会アメリカ、ハナ垂れ仕様のライフルもあるのかもしれません(笑)。考えていただきたいのですが、みなさんの周りに、狩を趣味にしている中世貴族みたいな人や、未来の麻生太郎氏(元射撃選手で元首相)を目指して射撃の特訓を受けている9歳児とかはいますでしょうか?そんな人はこちらでも見たことも聞いたこともないし、射撃自体もそこまで普及しているとはいえません。

一般論として考えても、「マイナーなスポーツにしかるべき素質の子供がアクセスしやすい社会」とは一体どういう社会なのか、日本は一度真剣に考えたほうが良い気がします。もっとも、この生活コストの高さを何とかしない限り、そのような社会は来ないようにも思います。そして、日本はそんな社会をそもそも目指すべきなのかどうか、それとも、国民の同調性を(多様性と引き換えに)高く維持し、高コストながら全国均質化というある種の便利さを享受できる道をこのまま進むのが良いのか…このロンドン五輪は、そういったことを色々と私に考えさせてくれるいい機会となりました。

<注※>
「ドイツ国民の約6割は人口5万人以下の町に住んでいる」について:
これは元々ドイツで「自分たちは田舎者の集団」という意味合いで頻繁に会話にでてくる表現なのですが、今回記事を作成するにあたり、ドイツ連邦統計局(Statistisches Bundesamt)から正式データをダウンロードして自ら計算しました。

(全自治体の面積と人口の載ったエクセルファイルをダウンロードできます)

2010年12月31日時点
ドイツ全人口                    81751602人
人口5万人以上の市町村に住む人の総和  32753456人(40.1%)
人口5万人以下の市町村に住む人の比率 100-40.1=59.9%←約6割
(ちなみに以前は6割を超えていたらしいのですが、大都市人口の増加とともに減少傾向)

<参考サイト>
ユング乗馬学校の公式サイト(学校の様子も写真で見ることができます):




バックナンバー>>
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491