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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2012/08/24

ドイツで観戦するロンドン・オリンピック2012 (4)…トビウオ・ジャーマニーの大誤算と驚きの人生設計

トビウオ・ジャパンこと日本競泳陣は、今年のロンドンオリンピックの前半日程で国民の期待に大いに応える奮闘の末、銀3個と銅8個の合計11個のメダル獲得という素晴らしい戦績を残しました。

日本がそんなメダルラッシュに沸いていた頃、私の住むドイツはメダル争いに大幅に乗り遅れておりました。その出遅れの最大の原因はズバリ、トビウオ・ジャーマニー(?)の思わぬ大不振にありました。ドイツ競泳陣といえば、かつて東西ドイツが分かれていた時代、1988年のソウル五輪で旧東ドイツが28個ものメダルを獲得したこと(ちなみに同大会での西ドイツのメダル数は金銀銅各1個ずつの3個、日本は背泳・鈴木大地選手の金1個のみ)からも分かるように、半端ない強豪として世界中に認知されていましたが、ベルリンの壁崩壊に次ぐ1990年の東西ドイツ統一以降、この「東ドイツ時代の遺産」なのか1996年のアトランタ大会までは2ケタのメダル数をキープしていたものの、徐々にメダル数も存在感も低下、2000年のシドニーで銅3個のみに終わるというショックを経て、ついに今年のロンドン大会でドイツ競泳陣にとっては戦後初となる「メダルゼロ」に至りました。五輪結果を読み上げるニュースキャスターの声のトーンは一様に暗く、ドイツ全土の国民の溜息を誘っていました。

しかし、ドイツメディアの報道を見ると、今大会での競泳陣の不振については新聞や雑誌などの活字媒体には多少の辛らつな意見が見られたものの、テレビでの生中継時はあまり辛口なコメントはありませんでした。むしろ、「トビウオ・ジャーマニー」にとどまらずドイツ選手団全体のアットホームな雰囲気や選手のプライベートライフに焦点をあてた、驚くほど”ユルい”中継が、特に競泳に関しては数多くみられました。「誰と誰が付き合っている」「誰々の今大会の彼女は前回の北京の時と違う」「誰はいま大学でこんな勉強をして、こんな資格獲得を目指している」といった、別の知りたくもないような、妙に具体的な話題がふんだんに出てきます。それも、普段から比較的軽い内容を放送している民放ならともかく、お堅いことで知られる天下の国営放送2局(ARDとZDF:隔日で交互に中継担当)の真面目そうなアナウンサーが、まるで梨本勝さん(故人・芸能レポーター)の状態であり、私は毎度ながらクラクラとめまいがしたものでした。

例として、ドイツ水泳陣の中継でもっとも盛り上がっていた2組のカップルの話を取り上げます。1組目はこちらです↓。

 

左の写真の女性は、前回の北京大会で金メダル2個を獲得して当時「時の人」となったブリタ・シュテフェン(Britta Steffen)です。28歳である彼女は、同じ競泳チーム内の3歳年下のパウル・ビーダーマン(Paul Biedermann、同じく旧東ドイツ生まれ)と付き合っているのだそうです。二人は同じ東ドイツに生まれ、競技種目が同じ自由形、それも彼が193cmに彼女が180cmという、日本ではまずお目にかかる機会がないような高身長カップルでもあります(ただし長身者の多いドイツでは決して珍しくない)。左の写真は、200m自由形決勝を見守る彼女の視線の先で、失速していく彼氏に思わず口元を覆ってしまう彼女の姿です。右はレース直後に回想を述べる彼氏、調子があまりよくないのか、表情も冴えません。なお、二人が付き合い始めたのは2010年の3月、テネリファ合宿の際に急接近したということでした。(←それにしても何で私はこんなことを知っていなければならないのか…ドイツ国営放送が妙に詳しいせいで、何だか空しさがこみ上げてきます)。ちなみに、以前のコラムにおいて、私が成田空港で日本競泳選手団の出国を目撃したという話を取り上げましたが(ドイツで観戦するロンドン・オリンピック2012 (1)…吹き起こした作新の風!!)、彼らの渡航先こそ実はフランクフルト経由テネリファ(スペイン領・カナリア諸島)でした。それは、トビウオ・ジャパンのイギリス入り直前の合宿地がテネリファであったということで、テネリファはどうも水泳合宿の多い土地柄のようですが、日本の競泳選手同士で南の島テネリファにて愛が芽生えたという話は聞いたことがありませんし、もしあったとしてもNHKの五輪中継ではさすがにその話が出てくることはないでしょう。

しかし、上には上がいるもので、さらに衝撃度が高かったのは次の二組目カップルです。日本の入江陵介選手が銅メダルを獲得した100m背泳ぎにおいて、決勝に残ったドイツ人はヘルゲ・ミュー(Helge Meeuw)選手ただ一人だったのですが、この選手が最終的に6位に終わった直後、国営放送ZDFの画面はこの二人にジャックされてしまうのでした。

 

左が競技終了直後のミュー選手、何だかとてもウキウキ顔です。それもそのはず、画面右側の女性は彼女の妻であるアンティエ・ブッシュシュルテ(Antje Buschschulte)です。この奥さん、実はただ者ではありません。アトランタを皮切りに三大会連続となるオリンピック銅メダル通算5個獲得、福岡マリンメッセでの2001年世界水泳選手権金メダルを始めとする数え切れないほどのメダル獲得を誇る、ドイツ水泳界のスターなのですが、2008年の引退以降は働きながら大学の博士課程(神経生物学専攻)に所属しつつ、学業にいそしむとともに妻としても(途中からは)母としても、三足も四足もわらじを履きつつ家庭を切り盛りしてきたスーパーウーマンです。そして、妻は今回のロンドン五輪にはZDFのリポーターとして参加しており、6位入賞の夫にテレビモニター越しに祝福とねぎらいの言葉をかけているのが上の写真なのです。

妻 「あなた~、お疲れ様でした!良かったわよ」
夫 「おっ、ボクの奥さんの声がするぞ!モニターはこれか?カメラはこっちか?いや~、これって何だか、SKYPEで話してるみたいだね!」
妻 「(大笑い)確かに!テレビの番組内で家族の会話ができちゃうとは、すごい時代になったわね~」
(中略:以後、レース内容についてのやりとりがしばらく続き、最後にこう結ぶ)
夫 「いとしい妻よ、今までのキミの支えがなければボクはここまで来れなかっただろう!ありがとう!愛してるヨ!」
妻 「(照れ笑いしながら)こちらこそありがとう、愛してるわ!」

それはもう、テレビを見ているこちらが赤っ恥ずかしくなるようなやりとりでした。これを国営放送ZDFのスタッフも全く放置、誰も止める人がいないまま一家庭の内輪の会話が公共の電波をここまでジャックしてもいいものなのかと、私は完全に口がアングリの状態でした。ちなみに、実はこの夫婦、夫の身長が177cmで妻が186cmという”ノミの夫婦”(ノミは雌の方が雄より大きい)なのですが、テレビ画面で並ぶ二人を見ただけではその身長差を伺い知ることはできず、むしろ二人のツーショットの方を見てみたかったような気がします。

しかし、この夫婦の会話の中でもう一つ、これまた究極に驚かされたことがありました。何とこのダンナさん、現在医学部に在学中なのだそうです。奥さんより6歳年下(!)の27歳である彼は、トップアスリートとしての競技生活の傍ら、結婚生活と育児生活も並立させる中で、医学部に通っているものの、必修の実習になかなか出席ができず、年数が随分かかってしまっているのだけれども、ようやく修了のメドが立ってきたと、このインタビューの中で延々と述べていました。医大を無事修了してもまだ国家試験という最後のハードルが残っているのですが、彼はどんなに時間がかかってもマイペースで目標に向かっていくのだそうです。

この話を聞いてハッと思い出したのが、今年訪問した東海大相模高校でのひとコマです。硬式野球部を訪れた私に、門馬敬治監督が色々と話してくれた内容の中に、「日本のトップアスリートにはどうして医学部進学者とか司法試験合格者とかがほとんどいないのか」という問題提起があったのです。門馬監督はこのようにも話されました:

「スポーツをするには頭脳もかなり重要なのに、スポーツと勉強が切り離されているという、非常にもったいない現状がある」
「(その切り離しのせいなのか)選手の中にも『話が通じる子』と『話が通じない子』が出てきてしまう。本当は頭が悪くない子のはずなのに、日本語が通じないのかと思うケースがある」
「日本全国の野球部員はそのほとんどが高校で野球生活を終えるが、うち(東海大相模)の選手はありがたいことに、ほとんどが上でも野球を続けさせてもらえている。この境遇を生かしつつ、何年かかってでもいいから勉強を積んで、医師や弁護士に会計士といったこれまであまり行かなかった分野に進む生徒が出てきてほしい。そして、後々うちのチームひいては野球界を支える人になってほしい」

門馬監督の話には大変考えさせられたものですが、この「スポーツ選手でありながら、何年かかってでも地道に勉強する」という話、ドイツの競泳選手に限らず世界のアスリートの間ではさほど珍しい話ではありません。中でもトップアスリートが医師になった例を挙げるなら、アメリカの女子フィギュアスケート選手で元世界チャンピオンかつ1988.年カルガリー五輪銅メダリストであるデビ・トーマス(Debi Thomas)さんが筆頭でしょうか。彼女は1988年の引退後に元々在籍していたスタンフォード大学に復学、同大学卒業後に24歳でノースウェスタン大学医学部に進学、30歳で医師となりました。なお、医師になる直前に一児の母となっており、現在は整形外科医として活躍の傍ら、冬季五輪中継などにコメンテーターとして登場しているようです。他にも野球界では、元アメリカ大リーグの選手であり、1970年代に広島カープおよび南海ホークスで助っ人外人として在籍したゲイル・ホプキンズ(Gail Hopkins)氏がいます。彼もまた、34歳で野球界を引退した後に医学部に入学し、やはり整形外科医となりました。

ドイツの競泳陣に話を戻すと、彼らが競技生活の傍ら、学業も決して手を抜かない理由は、「スポーツでは食べていけないから」ということに尽きると思います。サッカーなどプロリーグのあるスポーツと違い、特に競泳はスポンサーを得てのプロ活動が難しいのと、ドイツの大学は日本のように「入ってしまえば卒業が簡単」な学校は皆無といってよく、卒業までにかかる年数も人それぞれ異なり、従って新卒一括採用という仕組もないといった点も挙げられるでしょう。その代わり、ドイツ社会には「何歳になっても何年かけても学校で学びなおすことができる」という最大の特徴があります。一度社会に出てうまくいかなかった人、大学の校風や専攻科目が自分に合わなかった人など、日本ではなかなか再チャレンジの機会がないため、一度決められたレールを外れた人には大変冷たい制度になっています。自分の日本での医学部時代の記憶を辿っても、そもそも妻子のある人が働きながら医学部に通うなどということ自体がとても想像がつきません。医師となってからも、同僚の女医が妊娠した途端に退職勧告を受けたりするのを目の当たりにしてきました。

以上を要するに、少なくともドイツの場合、この「再チャレンジ可能社会」としての特徴が、たまたまトップアスリートの学業とキャリアアップという点でも有利に働いているのではないかと考えられます。「スポーツで食べていける」というシステム自体は決して悪いわけではないのでしょうが、このシステムの存在が、本来勉強が必要な人間に対して勉強から逃れる言い訳を与えるのだとしたら、どうでしょうか。日本という国が真に「食べていくためには勉強しなくてはならない」という国であったなら、東海大相模の監督さんの言う問題は生じないのかもしれません。ドイツのアスリートのあまりの苦学っぷり満開のインタビューを聞きながら、そんなことを痛く深く考えざるを得なかったオリンピック観戦でありました。

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