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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2012/02/24

「大食い的風景」は無理?シンガポール事情(1)…”マーライオン”の意味

先月下旬、かねてからの念願だったシンガポールに行ってきました。以前から多大な興味があり、公私問わず機会があれば是非と思っていたものの、何せドイツからも日本からも距離が遠く、プライベートで行くにはフライト時間は長いわ、航空運賃も高いわで、ご縁がないまま2012年に至っておりました。

そこで思い出されたのが、かつて大食い番組『元祖!大食い王決定戦』(TV東京)のロケに帯同していた頃、シンガポール行きたさに私がテレビ東京や制作会社ゼロクリエイトのスタッフとの雑談の中で、しきりに「”元祖!大食い王決定戦inシンガポール”を是非実現させましょうよ!」などと訴えたことでした。そして、その際の先方の全くもって芳しくない反応に、強烈なショックを受けたことであります。

ワタクシ 「シンガポールロケなんてどう?マレー系、インド系、中国系、イギリス系…いろんな文化が混在している以上、お料理もきっと美味しいものには事欠かなさそうなんじゃない?」
スタッフ 「シンガポールはネー…。いい所だけど、やっぱり旅費の単価が割高なのが、大集団で移動するロケには響くのと、食材の価格も(他の東南アジア諸国に比べて)明らかに高くなるし、番組制作費という観点でメリットが乏しいから、避けられちゃうよね」
ワタクシ 「うーん、そうかぁ。マーライオンのお膝元での決勝戦とか、きっと映えると思うけどなー」
スタッフ 「ゲッ、それだけは勘弁して!」(←スタッフ一同、顔を歪める)

なんで「ゲッ」なのか、このとき私はまだ気づいていなかったのです。大食い界における”マーライオン”という単語の意味に…。

その後、ロケバスの後方から何かと耳に威勢良く飛び込んでくる大食い選手同士の闊達な議論により、その意味はあっさり判明します。

例1) 「公衆の面前でのマーライオンだけは絶対に避けないと」
例2) 「○○はマーライオンになりやすい食材だから要注意」

なるほど、”マーライオン”は隠語でしたか!と、妙に納得です。ちなみに、本家本元のマーライオンを以下にお見せいたします。岩手放送のオラ君とのコラボで一枚パチリ、ちょっと滝修行みたいで現地の人にも好評だった一枚であります:

そういえば、医学の世界にもこの”マーライオン”という現象は頻繁にあるのに、隠語が使われるという話は(すくなくとも私の周りでは)聞きません。理由は、現象としての”マーライオン”に対する医学界と一般社会との認識の仕方の違いが大きいからに他なりません。”マーライオン”は病気のサインをいち早く伝えてくれる重要なサインです。余談ついでに、”マーライオン”を見た場合に疑うべき疾患として全ての医者が真っ先に思い浮かべる最も有名な疾患は、小児科領域における「乳児肥厚性幽門狭窄症」でしょう。緑・茶色という胆汁の色が混ざらず、ミルクの色のまま口や鼻から上の写真のようになり、しかも体重増加不良や脱水を認める赤ちゃんを見たら、早急に小児科を受診させる必要があります。また、私の専門である脳神経外科領域においても、脳卒中・頭部外傷や脳腫瘍における脳圧亢進のある場合に、同様の症状(ただし頭痛を伴う)になります。この場合、直前に食事したかどうかに関係なく、いきなりパーンと”マーライオン”になってしまうのが、消化器系の”マーライオン”とは明らかに区別される特徴で、脳内病変を疑うポイントにもなります。また、特に脳腫瘍の場合は、早朝起床時に出現し、時間が経つと良くなってくる、という日内サイクルが特徴とされますが、中には通常伴うはずの頭痛を伴わず、「早朝マーライオン」だけが診断の唯一の手がかり…という診断困難例もあります。

では、一般社会の場合はどうでしょうか。”マーライオン”とは、ある程度の(速い)スピードで大量の飲食物を自分の限界を超えて無理やり詰め込もうとした場合に、自らの意思にとは無関係に自動的に起こる、生体の正当な防御反応であります。典型例といえば大食いではなくむしろ、忘年会・新年会シーズンに日本全国津々浦々の居酒屋でトイレに駆け込むサラリーマンが筆頭に挙げられるべきでしょう(←ちなみに、こちらは食料や酒のムダと批判されることは無いのでしょうか)。「このままでは急性アルコール中毒で命が失われる!」「この調子で消化管穿孔や腸管壊死になったら大変!」…内臓からの報告を元に、脳がそのように判断し、自律神経を介して”マーライオン出動せよ!さもなくばコイツが死んでしまう!”と司令を下すのです。むしろ、司令が出なかったり、指令通りに胃腸が応答しなかったら、その方が医師としてゾッとする事態なのです。そして、多くの人々は幸いなことに、一度きりの”マーライオン”でスッキリと肉体の医学的危機から脱却できるのです。そのような、日本文化に広く深く根を下ろしている”マーライオン”が、その概念だけ隠語化され、見なかったこと、無かったことにされる世界の本末転倒ぶりを、目の前に聳え立つホンモノをシンガポールで見上げながら、否応無く気づかされずにはいられませんでした。そのせいか、せっかくの好天気にもかかわらず観光気分がまるで湧いてこず、チョッピリ損した気分でもありました。

なお、個人主義の強いドイツの場合、職場主催の宴会といえども自分の飲み食いした分だけ払う個別会計であり、オゴリもワリカンも無く、したがって出費をケチる事が食べすぎ防止につながっていること(→海外大食い事情(2)…ドイツ外食編)、そもそも「飲み食いの無理強い」などという事自体が御法度のお国柄で、ノーと言っても場がシラける心配など一切ないことから、”マーライオン”の出番が元々少ないお国柄のようです。

さて、出張の話に戻ります。向こうで会った人やこちらから行った(ドイツの)メンバーにこの”マーライオン”の話をしたところ、それはもうウケに受けまくりました。この話をすることによって先方の気分を害したりしないか実は心配したのですが、日本に大食い番組があることを知らない人、そもそも「大食い」自体を知らない人、アメリカのホットドッグ大会しか知らない人、いろんな人が「意表を突かれた!」「ナルホド!」と笑って話を聞いてくれたのがありがたかったです。

その一方で、シンガポールで大食いが成り立ちにくいであろう理由を、一週間の滞在の中でもう一つ見つけてしまいました。それについては来週あらためて説明したいと思います。

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