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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2011/10/07

わたしたちにできること(3)…映画『Au-delà (オドゥラ)』が今の日本に語りかける意味とは?

本年3月11日の東日本大震災以降、日本における上映が中止されたクリント・イーストウッド監督作品『Hereafter』ですが、震災前に国際線機内で鑑賞した時の印象はあまり良くありませんでした。その印象については、「”シックスセンス”と”アンブレイカブル”を足して2で割ったような映画」と以前述べました(→緊急寄稿(7)…ブロックされたハリウッド映画『HEREAFTER』)。”シックスセンス”(The Sixth Sense, 1999年)と”アンブレイカブル”(Unbreakable, 2000年)といえば、ともにM・ナイト・シャマラン監督・脚本、ブルース・ウィリス主演の大ヒット映画であり、ごく大雑把に形容するとしたら、前者が「死者との対話が可能な少年」の物話、後者が「大惨事の中をただ一人、奇跡的生還を果たしたヒーロー」の物話、となるでしょうか。

さて、一方の『Hereafter』ですが、ここには、三人の登場人物が出てきます。一人目が、2004年のスマトラ沖大地震による大津波の際に臨死体験をしたフランス人女性ジャーナリスト。二人目が、2005年のロンドン地下鉄同時爆破事件にあわや巻き込まれるところを、亡き兄弟の形見の帽子を落としてしまい、拾いに戻ったことで命拾いしたというイギリス人少年です。三人目は、「死者と対話ができる」という特殊能力を持つアメリカ人霊能者で、霊視・透視といった稼業からスッパリ足を洗って現実社会に適応しようと奮闘中なのですが、仕事も恋もサッパリうまくいかずに悩んでいます。それが、前に挙げた2名の、「死を身近に体験した生者」「心が死者とともにある生者」とも呼べる人物との出会いを通じ、自分の能力と正面から向き合うことを受容し、ひいては人助けに目覚めていきます。パリ・ロンドン・サンフランシスコという三大都市を起点に、そんな三人の人生が国境も距離も越えて一つに絡まって物語は進行していきます。

ここまで書けば、「”シックスセンス”と”アンブレイカブル”を足して2で割ったような」と私が言いたくもなる理由をお分かりいただけるかもしれません。「死者の姿が見える」「死者の声が聞ける」という設定は、”シックスセンス”の主人公の少年と重なります。また、”アンブレイカブル”においては、ブルース・ウィリス扮する主人公が、ほとんど不死身とも思えるほどの自分のあまりの運の強さを自分で受容できず、初めのうちは葛藤しまくりますが、途中から自分の特殊能力(?)とも言うべきその不死身っぷりを他者のために生かそうと開き直り、アメリカンコミックのヒーローをそのまま地で行く人助けの道を歩み始めます。「大事故で奇跡的に難を逃れる」という部分は『Hereafter』における一人目と二人目に重なり、この「人助けに目覚める」という部分が『Hereafter』における三人目に重なる訳です。だからこそ、M・ナイト・シャマラン監督作品をほとんど見ている人間の目には、途中からストーリー展開が完璧に読めてしまうのです。

そんな次第で、同作品のDVDをフランスで見つけて購入した際も、実はあまり期待をしていませんでした。しかし、フランス語版タイトル『Au-delà』(オドゥラ:あの世・彼岸)として私の前に再登場したこの映画は、以前見た『Hereafter』とは、驚くほどに全く別の映画に見えたのです。

その理由は歴然としています。『Hereafter』を見たのは東日本大震災前、『Au-delà』を見たのが東日本大震災後だから…これが最大の理由です。映画の中身が変わったのではありません。私自身が変わったのです。

さらに、『Hereafter』を見ているときには気づかなかったことがあります。『Au-delà』の主題は、死生観とは全く関係ない所にも存在するということです。この点に気づくのに大きな役割を果たしたのが、この『Au-delà』と改題されたフランス語版タイトルでした。

「オドゥラ (au-delà)」は本来、「その先に」「あっち側」(英語でいうbeyond)という意味の副詞であり、これが名詞となると「あの世」の意味になります。つまり、フランス語の「オドゥラ (au-delà)」は時間よりも空間的な概念でいう「向こう側」の意味がメインであり、あくまでも時間軸上の概念である英語の「hereafter」とは微妙に異なるのです。ちなみに、反対語は「アンドゥサ(en-deçà)」(「手前に」「こっち側」)です。この映画のタイトルを名詞形でとらえると「此岸(現実世界)の反対語としての彼岸(死後世界)」となりましょうが、これを副詞で考えると、単純にどこかに線を引いて「こっち側?あっち側?」という話になります。その線とは、必ずしも生死の境界線である必要はありません。そう考えると、全く別の主題が浮かび上がってくるのがこの映画なのです。

一人目の主人公のフランス人女性ジャーナリストは、スマトラの大津波および臨死体験によって人生観が一変し、自らの職業(ジャーナリズム)と深く関わる「政治」「経済」「恋」といった、現実世界を生きる過程で彼女が熱心に追い求めてきたはずのあらゆる物事に、全く価値を見出せなくなってしまいました。人生のもっと根源的な核心部分に気づかされた…これこそが、「オドゥラ (au-delà)」という世界との遭遇だったのでしょう。ニュースキャスターとしての仕事にも支障を来たすようになった彼女は、休暇を取って一冊の本を書き始めます。しかし、政治の話を書くという契約だったのを、自らの臨死体験を元にした『Au-delà』という本に取りかかったことで、出版社の逆鱗に触れてしまいます。「アンドゥサ(en-deçà)」の世界をどっぷりと生きる周囲の人々は、彼女のことを「震災で頭を打ったから?」「きっと疲れているんだ」などと鼻で笑うばかりで、相変わらず「カネ」「出世」「支配」などの欲望を追い求めるゲームに熱心です。

二番目のイギリス人少年の場合、単純に死んだ双子の相方を追い求めたつもりが、「オドゥラ (au-delà)」の世界を理解しているフリで実は単なる「死後の世界ビジネス」という人々に振り回されます。そして、「オドゥラ (au-delà)」の世界を根気良く追い求めた執念が実り、ようやくホンモノと思われる三人目の主人公の霊能者に辿り着きます。例のフランス人女性の『Au-delà』出版サイン会会場のブックフェアにて、「オドゥラ (au-delà)}つまり境界線の同じ側で同じ内的世界を共有する三人の主人公が、初めて一堂に揃うのです。

この話は、今だからそう見えるのかもしれませんが、東日本大震災以降の日本の姿にも通じるように思えます。地震や津波による深刻な被害、空気や飲食物を通した放射能の脅威、身内や知人の死、先の見えぬ生活設計…色々な出来事が重なり、今後の身の振り方を一から考え直させられた人も多いでしょう。家族のつながりの大切さに目覚めて結婚するカップルもいれば、震災を機に価値観の相違が顕在化して別離に至ったカップルもあるでしょう。多くの日本人が物質的にとどまらず精神的にも、この震災によって根元から揺さぶられるような経験をしたのではないでしょうか。それでも、被災地からの距離に遠近があるように、当事者意識の程度差もまた厳然として存在します。困難な現実を隠して耳に心地の良い楽観論ばかり言う政治家や大臣、カネ回りのことばかり言う既得権者、本当のことを言わない御用学者。そういう人に限って境界線より安全な側にいて声ばかり大きく、線の向こう側で置き去りにされるのはどういう人たちなのか…。まさに、「オドゥラ (au-delà)」と「アンドゥサ(en-deçà)」の、交わることのない平行線の状態が続くかのようです。その形はどうであれ否応なく引かれる境界線と、それによって生じるもどかしいほどの断絶…。そのような中、同じ価値観を共有できる人と巡り合うことの奇跡とその大切さを、この『Au-delà』という映画は非常にクリアな形で観る者に語りかけてくるかのようです。

そう感じるのも、今回の東日本震災により、私の中の世界の何かが書き換えられたという証左なのかもしれません。この映画、津波のシーンの有無に関わらず、本当は今の被災後間もない日本だからこそ見てもらいたい重要なテーマを表現していることは間違いないのですが、さすがに津波映像のタブー性を乗り越えることもまた厳しいだろう思われ、多くの日本の方々の目に触れることは相当の年数に渡り困難と見込まれる事が、とても残念でなりません。
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