震災直後の甲子園から見える世界(5)…大食い版「試合間インターバル短縮条項」
東日本大震災直後となる本年3月23日から14日間にわたり開催された第83回選抜高校野球大会(主催:毎日新聞社、日本高等学校野球連盟)ですが、一時は危ぶまれた開催にゴーサインを出すために、事前に七項目の条件を設定しました。その中の一つに:
一、試合間インターバルを短縮しナイター試合(照明点灯試合)を極力なくすことを目標にする。
というのがあります(以下・試合間インターバル短縮条項)。この「試合間インターバル」という単語を聞くと、皆様は何を思い浮かべるでしょうか。私の場合、ここで出てくるのが大食いです。一見接点が無さそうにみえる野球と大食いですが、実は大食い番組にも試合間インターバルの規定がある…というのが今週のテーマです。
『元祖!大食い王決定戦』(TV東京)では、原則的に大食い競技は一日2試合までとされ、午前中(早朝ないし昼前頃)に一試合目、夕方ないし夜に二試合目、という日程が組まれます。もっとも、90年代に一世を風靡した大食い番組のパイオニア的存在である『テレビチャンピオン 大食い選手権』(TV東京)の時代は、収録日の少なさゆえに一日3試合を行う過酷なロケがザラだったと、当時を知るジャイアント白田さんや射手矢侑大さんに教えられて驚いたこともありました。かつては「非タレントであるシロウトが参加できる番組」といえば、大食い番組以外にもクイズ番組や恋人募集・合コン系番組などが数え切れないほどひしめいていました。そんな時代、大食い番組が「一日3試合」を強行せざるをえなかったのも、シロウトたる勤め人や学生の休日としての土日しか収録に充てられないという事情があったのでしょう。しかし今や、日本のテレビ放送には「シロウト参加型番組」がほとんどなくなり、クイズ番組の解答者もタレントばかり、”全てが台本通り動いてナンボ”という作り物臭い”空気”ばかりが前面に押し出されている感じです。ドイツと日本を往復していると、ドイツのテレビはシロウト参加型のバラエティが大変多く、つい最近まで空前のクイズブームにあったりと、日本のテレビとのそんな”空気”のギャップはかなりのものです。そんな中でもテレビ東京は、そんな絶滅危惧種と化したシロウト参加型バラエティ番組を数多く擁するという点において、日本のテレビ局の中では大変存在感があると言えるかもしれません。
さて、そんなテレビ局が制作してきた『元祖!大食い王決定戦』のロケ現場では、このようなプロデューサーの発言がよく聞かれたものでした:
「前の大食い競技が終了してから次の競技の開始までの間は、最低5時間は空けることになっている」
なっている…って、それを決めたのは彼ら自身なのですが…。私が2005年に初めて番組制作に参加した頃には、すでにそのような取り決めになっておりました。当時は収録日が3日間しかなく、決勝以外は二試合日と決まっていましたが、その後の番組リニューアル・海外ロケ導入などでロケ日数が倍増、試合間インターバルがより多く取れるようになっていきました。
なお、5時間という取り決めの根拠として、次のような三段論法が考えられます。
1.大食いでない一般人の場合、教科書的には、食事後の胃内容の滞留時間はだいたい1時間とされる
2.過去の大食いの競技結果を見ると、極度の胃下垂や胃拡張をベースに持つ本選出場レベルの大食い選手の場合、一試合で胃に納める量が一般人のだいたい5人分前後の分量になるケースが多い
3.以上から、彼らの胃内容滞留時間はだいたい1時間×5人分=5時間をみておけば多分いいんじゃないかな?
おそらく、そんな経緯だったのではないかと思います。それでは、医学的にみると実際はどうなのでしょうか。医学論文サイトで検索してみました。超音波装置を利用した1985年の論文(注1)では、胃内容排出時間(医学用語ではGET: gastric emptying timeないしgastric evacuation timeという)は健康な被験者(調査対象数18名)で248分(±39)、消化不良症患者で359分(±64)でした。大食い選手がロケ後半に極度の消化不良に陥るということ(大食い国内ロケの意味(4)…「胃酸の枯渇」)からも、この359分(6時間弱)というのは、これまでの大食いスケジュールについて警鐘を鳴らす数字に見えてきます。別の論文(注2)(調査対象数8名)では食事内容による比較があり、低線維食のGETが186.0 (±15.6 )、高線維食で231.7分(±17.3)となっています。他にもいろいろ見ましたが、数字は大差なく、食事後に胃が空っぽになるのは一般人では「3-4時間」というのが相場と見てよいようです。ただ、揚げ物が入るとGETは格段に延長するらしく、注2)と同じ著者の論文(これも調査対象数8名)で、揚げ物の入った食事でGETが317.1分(±24.12)と5時間を超えており、非揚げ物食の226.7分 (±18.4)を有意に上回るとの結果が出ています。
さらに別の論文(注4)では、アイソトープ(放射性同位元素)を含む食事を12名の健康な若者に摂らせ、GETではなくGET1/2を調べていました。ここでGET1/2とは胃内容排出半減期を意味するというのは、最近の放射能報道でよく登場する「半減期」なる単語が専門家の間で「T1/2」と表記されるのと同じです。この論文は、胃から食事が排出される様子を食事内容毎にグラフ化した大変興味深いもので、これによるとGET1/2値の長い順にスパゲッティ食(75分)、米食(55分)、パン食(45分)、マッシュポテト食(35分)となっており、これがそのまま血糖値の上昇しにくい順番にもなっています。また、上記四種の食事後の胃内残存量の経時グラフ(gastric emptying profile)を見ると、食後60分時点での胃内容物残存率はだいたい5~6割、食後180分時点でだいたい5~20%ということも分かります。
以上の参考資料等から考察する限り、食後5時間というのは一般人で胃が空っぽになることが期待される時間に若干プラスアルファした感のある数字であり、胃下垂や胃拡張が極端である大食い選手に同じ所要時間での胃内容の排出を期待するのは比較的厳しいものであろうこと、さらに揚げ物を使った大食いの後は、一般人であっても同じく5時間のインターバルは短すぎるであろうと考えます。また、胃下垂・胃拡張、ときに無胃酸症や低Cl血症などを伴い、ロケ後半になるほど消化不良症状が増えていく大食い選手の場合、そのGETやGET1/2についてはデータが無いものの、これまでの彼らの体にかかった負担の大きさとその精神力の凄さを、これらの論文は雄弁にそのデータの奥側から私たちに語りかけているように思わずにはいられません。
<参考サイト>
注1) Bolondi L他. Measurement of gastric emptying time by real-time ultrasonography. Gastroenterology 1985 Oct; 89(4): 752-9.
(↑PDFファイル。全文が見れます)
注3) Benini L他. Gastric emptying of solids is markedly delayed when meals are fried.
Dig Dis Sci. 1994 Nov; 39(11): 2288-94.
(↑PDFファイル。全文が見れます)