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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2011/06/24

震災直後の甲子園から見える世界(2)…「食い音を挿す」日本のバラエティ

前回は、高校野球の二大大会の一つである今春の第83回センバツ大会において、東日本大震災に伴う臨時措置として適用された「鳴り物禁止条項」について取り上げました。応援スタイルの超シンプル化ともいえる甲子園の激変に、大会の盛り上がりが懸念されたものの、始まってみればどっこい、プロ野球界でも何度か試行されながらなかなか実現が叶わなかった「球音を楽しむ日」の魅力が全開という、後々振り返れば歴史に残ること間違いなしの独特の雰囲気を醸し出した大会となりました。今後の高校野球の行く末や理想的なあり方について、関係者およびファンに大いに再考を促す内容となったようにも見えました。おそらくこれには、元祖「球音を楽しむ日」提唱者でもある、あの長嶋茂雄さんもビックリだったのではないでしょうか。
震災直後の甲子園から見える世界(1)…鳴り物禁止条項

さて、この震災直後の高校野球の球音を実際に楽しみながら、同時に私が勝手に脳内で連想をせずにはいられなかったのが、これまでの『元祖!大食い王決定戦』(TV東京)における効果音でした。番組に色々ある効果音ですが、ここで取り上げるのは「食い音」(”くいおと”と読む)のエピソードです。

テレビをつけたら『元祖!大食い王決定戦』をちょうど放送中で、大食い選手が食べ物を口にする際に「バリッ」「サクッ」「ズルズルッ」といった音が美味しそうに聞こえていた…などというご経験は皆さんおありでしょうか。私がこの番組と関わるようになって初めて知りえたことの一つが、この手の番組における飲食時に発生する音は、実際は別撮りした音を現実の音の上に追加編集されてオンエアされるという事実でした。この別撮りした上乗せ用の音を「食い音(くいおと)」、この音を編集で挿入することを「食い音を挿す(くいおとをさす)」と呼びます。

その「食い音」は、大食い競技も終了し、選手が全員トイレないし控え室やロケバスへ引き上げ、別のスタッフが「完食カット」撮り(大食い珍道中(3)〜 業界用語編(後))の準備や後片付けに追われている横で、ひっそりと収録されます。例えば、ADの一人が余った食材を数皿持ち、カメラと音声マイクの前で「それではいきます」などと断ったのちにポリポリサクサクと食べはじめます。緊張の面持ちでカメラを回すカメラマンの横で、音声さんはマイクをそのADの口元近くに寄せて、ヘッドホンから聞こえる「食い音」を肩にかけたモニターの針の振れなどとともにチェックします。途中で「次はもうちょっとズズズッとすすった感じの音ください」などの注文や、「あー、救急車のサイレンが入っちゃったから、今のやり直し」などの指示が飛んだりもします。

テレビのカラクリをこんな形で知ることになった私は、正直なところ最初かなりの衝撃を受けました。そして、プロデューサーに率直にその思いをぶつけたこともありました。

片 「大食いの音って、別撮りするものなの?生の音だけだとばかり思ってた」
プ 「大食い競技の生の音ってねー、あんまり聞こえないんだよね。みんな競技の方に必死だし」
片 「そりゃ、音量の大きさとかを競う競技じゃないだろうけど…」
プ 「それにねー、”サクッ”とか”バリッ”とか、そういう”いかにも食べてます”的な音って、(出そうと思わないと)意外と出ないものなんだよー。だから、生音(なまおと)だけで編集しようとすると、全然パッとしない。もの凄く番組が退屈に見えてしまう。それに、美味しそうに聞こえない」
片 「ま、音質を競う競技でないことも確かですわな…」

大食いに関しては、どうも「食い音を楽しむデー」という訳にはいかないようです。高校野球界に広がる生音といえば、球音や選手どうしの掛け声、観客の歓声や溜め息、アナウンサーの絶叫、ウグイス嬢のアナウンス、野鳥やトンボの羽音…実に多彩で飽きの来ない音がそこかしこに広がっています。大食いはそれとは対照的で、私はこれまでにも何人か大食いロケの現場に友人を招待し、積極的に意見や感想を求めてきましたが、圧倒的に多かったのが「思ったよりも静かで、見ている方が途中で中だるみする」というコメントでした。もっとも、その中だるみしやすい現場でとりわけ光るのが、中村有志さんの司会だと言った人もいました。テレビの前の視聴者のために編集で乗せる音と違い、あくまでも現場に居合わせた通行人や応援の観客の気持ちをグイグイ引っ張っていく”生解説”を抜群のタイミングと絶妙の言葉選びで可能にする中村有志さんは、私には高校野球界の名(迷?)アナウンサー・中邨雄二さん(朝日放送)を思い起こさせるのですが、奇遇にも二人は同姓同名(字は違うが読みが「ナカムラユウジ」で一致)というのがさらにオツなところです。

そして時が流れ場所がかわり、東日本大震災という未曾有の国難の直後の甲子園で見えたのが、生音だけでも揺るぎないエンターテインメント性を持って成り立つ高校野球というコンテンツの圧倒的な強さでした。一切の脚色が不要なエンタメなど、この世には実はそう多くありません。

以前、大食い番組のADさんが興奮気味に語ったところによると、とある映画の途中で主人公が食事をするシーンがあり、そこに思いっきりバリっと食い音が挿入されていたのだそうです。「食い音を挿す」は大食いに限らず、エンタメの世界に広く普及している手法なのでしょう。そして、そこでは実際に食べているものが美味しいかそうでないかは問われないのです。私自身、過剰な字幕やこれでもかと流れる効果音が目や耳に飛び込んでくる日本のバラエティ番組やワイドショーが気になりだしたのは、ドイツに住むようになってからのことです。ここには、一つ間違えれば視覚と聴覚を支配できてしまう映像メディアの怖さがあり、今は一人一人の人間が想像力や洞察力を外界から独立させて磨くことができるかどうかを大きく問われる時代なのだと痛感させられます。そしてこれこそ、今回の震災が否応無く突きつける重要なテーマの一つであり、今春のセンバツから私への予期せぬメッセージだと受け止めています。

 

(2009年8月9日、東京予選第二代表決定戦直後の「食い音撮り」の光景。東京タワー向いのビルの屋上の一角の倉庫内にて。食材はスパゲッティ・カルボナーラ。普段はカメラを回す側である丸山カメラマンが撮られる側に回り、10キロ近いそのカメラを担ぐのは番組アシスタントプロデューサーであるテレビ東京の遠藤充子さんという、滅多に見られない超貴重お宝ショット!)

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