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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2011/06/17

震災直後の甲子園から見える世界(1)…鳴り物禁止条項

3月23日開幕の第83回選抜高等学校野球大会(主催:毎日新聞社、日本高等学校野球連盟)は、東日本大震災に伴う諸般の事情によってその姿を大きく変えながらも開催され、東海大相模(神奈川)の優勝と九州国際大付(福岡)の準優勝という形で無事に全大会期間日程を終了することができました。

ただ、その「諸般の事情」と「その姿を大きく変えながら」という部分は、甲子園にとっては大事件であり、実に色々なことを考えさせるものでした。例えば、今回の選抜大会開催にあたっては、七項目の条件が課せられたと発表されましたが(緊急寄稿(12)…国難の中でのセンバツ)、これらの項目の中でも特に大会全体の雰囲気に大いなる影響を及ぼしたのは

 一、アルプススタンドの応援を自粛し、鳴り物は全て禁止する。

という項目ではなかったかと思います。

高校野球といえばアルプススタンドの大応援団、チアガール、ブラスバンド、大音量の音楽と「かっとばせ~、○○!」「あと一人~!」といった大声援…というのが今までの世間の認識であったことでしょう。これらはどちらかといえば『夏の風物詩』としての側面の方が強いかもわかりません。それが、今年の春に関しては見事なまでに自粛されました。なお、現時点での震災復興の遅れや原発事故の収束難航などの社会状況を鑑みれば、今年の夏もまた、大会がもし無事に開催できたとしても、おそらく同じような条件付きの開催になることが十分に予想されます。

今大会の「応援自粛・鳴り物禁止」(以下:鳴り物禁止条項と命名)は、長年高校野球を見てきた経験からみても、まるで壮大な社会実験の様相を呈していました。かつて、70年代の夏の甲子園大会のVTRを見た際、最も強烈な印象として残ったのは、野球技術云々以前に”アルプススタンド技術”(?)のあまりの違いでした。こう言っては申し訳ないのですが、応援団の声援はどこも似たスタイル、チアガールの衣装も振り付けもシンプルそのもの、ブラスバンドの演奏テクニックはさすがに学校差があるものの、そのブラスバンドすら無い超シンプルな学校もあったり…。そんなシンプルな応援は、これはこれで結構いい味を出しておりました。ただし、それは裏を返せば、この数十年の間に甲子園のアルプススタンドには恐るべき”技術革新”が進んでいたということも意味しています。いまどきは学校毎にブラスバンドがオリジナル楽曲を用意することは当たり前、応援団の振り付けも掛け声もオリジナルかつ完璧な統制を誇る組織的なものであり、複雑な振り付けの踊りも全員が難なくこなすダンス技術の高さにも、何度驚かされたことでしょうか。今回の鳴り物禁止条項は、その手の応援テクニックの完全封印を意味しています。

どうなるのかと思った鳴り物禁止条項適用第一試合は「日本文理vs. 香川西」でしたが、心配は杞憂に終わりました。鳴り物が無くなったことで、かえって打球がミットに入る音やバットにボールが微妙にかする音など、それまで聞こえなかったあらゆる球音が実に外野席までも綺麗に響くようになりました。昨年までは、選手どうしの声が応援にかき消されてしまうためにフライが野手の間にポトリと落ちる連携ミスは珍しくもありませんでしたが、今年は選手どうしの普通の雑談(!)までもが客席に聞こえ、「試合中の選手はこんなこと話しているのか!」と意外な発見もあったりして、何もかもが新鮮でした。この球場は楽器音のみならず声音の響きも抜群であるということを、今頃こんな形で知ることになろうとは思いもよりませんでした。

このことが教えることは何でしょうか?それは、それまで当然のごとくあったもの、数十年かけて努力を積み上げて獲得したもの…そういうものを一瞬にして失うということが、必ずしも悪い方にはたらくとは限らないということではないかと思うのです。今まさに日本は分岐路に立たされているのかもしれません。想定を越えた多大なリスクの現実化という究極の不幸を経験した現在、日本という国もまた、これまで当然のごとく可能だったことをさらなるリスクを覚悟で全て取り返すのか、それとも、かつて出来たことの一部を返上することでリスクを減らし、過去の生活レベルに多少なりとも先祖帰りしたような生活も視野に入れるのか…。少なくとも今年の春の高校野球が私たちに示したのは、後者の選択が必ずしも文明の後退とか先進性の喪失といったものを意味するものではなく、むしろこれまで私たちが良かれと思って歩んできた道が果たしてどうだったのか、これからはどういう方向に進みたいのか…という命題を改めてゼロから考え直す機会を得たということではないかと、甲子園の片隅で漠然と感じていた次第でありました。

かつて2000年当時、読売巨人軍の監督だった長嶋茂雄氏が、「球音を楽しむ日」と称して鳴り物による応援をやめて球音を楽しもうと提案したことがありました。鳴り物のない声と拍手のみの応援はアメリカの大リーグなどでおなじみですが、実施はこの年限りで日本には定着しませんでした。それが今年に入り、楽天・星野仙一監督が「球音を楽しむ日」の復活を提唱したことが報じられたのは3月4日、まさに東日本大震災のちょうど一週間前のことでした。星野監督もこの時点では、まさかこのような天災が一週間後に襲ってこようとは思いもよらなかったと思いますが、私もまた、この星野監督の直近の提案が、まさか春の高校野球で先に現実のものとなろうとは思いもよりませんでした。

来週は、この「鳴り物禁止」「球音を楽しむ」ということと「大食い番組」という、一見何の関係もなさそうに見える両者について論じたいと思います。

<参考サイト>
臨場感味わって!星野監督「球音を楽しむ日」提案 – Sponichi Annex野球
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