緊急寄稿(2)…さらに衝撃的だった”ERDBEBEN IN JAPAN”
2011年3月11日という日を、多くの方は大変な衝撃と苦悩をもって迎えられたのではないでしょうか。あるいは、茫然自失の悲しみやショック状態で迎えざるを得なかった方もいらしたことでしょう。なお、地震発生当日といえば、私がフランスからドイツへ移動してきた日です。そして、自宅に着いてテレビをつけた瞬間、目に飛び込んできたのがこの画面でした。
これは、ドイツのニュース専門チャンネルn-tvの映像です(備考:我が家がいまだにブラウン管アナログテレビであることもバレる写真…)。津波で流れた瓦礫に車、そして列をなしているのはビニールハウスでしょうか。この後も、心痛む衝撃的な映像が次から次へと流れてきます。この日から、ドイツのニュースは日本一色となりました。今思えば、地震発生直後であるこの頃は、まだ原子力発電所の問題が浮上する前でもあり、地震と津波に報道の重点が置かれていました。そして、ドイツでは滅多に起きない”Erdbeben” (地震)が日本ではどの程度多いのか、あるいは、地震や津波のメカニズムの話など、徹底的に解説する番組が深夜に入っても続いていきました。
こちらは、携帯テレビ(日本でいうワンセグ)で見るニュース専門チャンネルN24の映像です。日本に地震が多い理由といえば、そこが複数のプレートがぶつかり合う位置に相当するからであることは、日本においては初歩的な知識かと思います。しかし、ドイツにおいては、「日本は地震国」という事実は知っていても、このような図は見るのも初めてという人が多く、そもそも日本がどこにあるか知らない(!)という人も残念ながらこれまたさらに多く、そのような国で今回の地震以降、この手のカラフルな日本地図がドイツのテレビ画面を占領し続けること自体、異例中の異例な事態なのです。
再びn-tvの画面に戻りますが、ここに箇条書きされているのは、”Erdbeben in Japan”(日本における地震)が「多くて年間1500回」「2年に一度は重大な被害を伴う」「最もひどかったのが1923年」ということです。ただ、二番目の「2年に一度」というのは、ほぼ毎年のようにマグニチュード7クラスの地震がおきる日本において、2004年10月の新潟県中越大震災、2007年7月の新潟県中越沖地震、2008年6月の岩手・宮城内陸地震を念頭においているのだろうと推測できるものの、どういう基準で「重大な被害」を規定しているのか説明はありませんでした。なお、1923年といえば当然、関東大震災のことを指しており、死者数が14万人を超える大惨事であったと紹介されました。
しかし、この画面に実は伏線があったのです。下に出ている”BREAKING NEWS”のテロップです。
”3000 Personen nahe Fukushima-AKW evakuiert”(福島原発の周辺住民3000人が避難)
このテロップが出た時点で、最初からその意味が分かっていた人は果たしてどのくらいいたのでしょうか。この一行こそが、次なる恐怖のシナリオへとつながる導火線だったのですが、それについては来週に続きます。