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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2010/12/17

大食いケミストリー(5)…食後対決!デザートvs.チーズ

『元祖!大食い王決定戦』(TV東京)は、地方四都市から女性選手を都内に集めて先日ついに新人王を決定するに至りました。その模様は、来年1月8日(土)のオンエアを予定しています。ご注目いただければ幸いです。

さて、大食い選手たちが教科書ではなく自らの体で習得してきた「大食いケミストリー」ですが、今週で終了となります。他にも興味深い化学的発見が今後のロケの中であった場合は、追加で記載していきたいと思います。

さて、当番組を何度かご覧になられた方なら、激しい大食い競技の直後に選手がこのような類の発言をするのを聞いたことがあるのではないでしょうか。

司会 「試合を終えたばかりの今の心境は?」
選手 「甘いものが食べたい!」
選手 「私はアイスが良いな!」
司会 「え~っ!さっきまで○△を□キロも食べたというのにーっ!」

私も以前は、この司会者と同じ感想を持ったものでした。もっとも、塩辛かったり油っぽい食べ物を大量に食べた後に、気分転換として正反対の味が欲しくなるという感覚は理解可能でした。しかし、数年前にある大食い選手とご一緒した際、その発言に大いにカルチャーショックを受けたことがあり、上記のような会話の背後に隠れた、想像だにしなかった理由に気づくのでした。

某選手 「試合後に苦しい時、アイスとか生クリームを含むデザートを取ると楽になりやすい。ただし、そのタイミングが早すぎても遅すぎても意味がなく、そのタイミングを逃すと後が大変」

私もいろんな人と食事を共にしてきましたが、「甘いものが食べたい」と言う際にキャピキャピと目にハートマークを浮かべるような人は多数いましたが、冷静沈着かつ真剣な表情でそのような話をする人は見たことがありませんでした。大食い選手が「何かをしたい」「あれが食べたい」「これが飲みたい」などと申し出てくる場合、そこには必ず隠れたストラテジーがあるのだということを、この件でつくづく思い知ったのです。

先週まで取り上げてきた「フルーツ酸」「レシチン」などと同様、食事で満タンになった胃に最後の仕上げとして送り込むデザートには、どんな意味があるのでしょうか。元々人間は甘いものに対して快楽を感じやすく、デザートを見たり匂いを嗅ぐといった脳への視覚聴覚からの刺激が胃の蠕動運動と食物排出を促進することから、「デザートにより胃が楽になる」ということは十分理にかなっていると考えられます。食後に速やかに血糖が上昇しやすいものをあえて最後に摂ることにより、食後の満腹感を得やすくするということも言われています。

ただ、ヨーロッパでは往々にして食後にデザートとして甘味ではなくチーズが出されます。私の周囲にも、「食後には必ずチーズ」という人が数多くいます。デザートは甘いものだと信じていた日本人の私にとって、これは毎度ながら不思議な光景であり、思わず訊いたことがあります。

片 「食後のデザートはプリンとかアイスじゃないの?」
フランス人 「アイスとかも良いけど、何てったってフランスのチーズは世界一美味しいもん!」
ドイツ人 「ドイツにはね、”Käse schließt den Magen”(直訳:チーズは胃を閉じる⇒チーズは食事を締めくくるの意)という諺があるんだよ。それに、糖質のものは体に悪いしね!」
片 「…(普段チョコレートばっかり食べてる民族が何言うか!と思ったがあえて沈黙)…」
(こちらのコラムも参考のこと:→大食い海外事情(1)…ドイツの研究者の昼食編

このドイツ・フランス連合軍が言うところの「チーズ」と、先の大食い選手が言うところ「アイスや生クリーム」には共通点がいくつかあります。一つは乳製品の主たる蛋白成分であるカゼインで、これは先週まで紹介した「乳化剤」そのものであります。二つ目は脂肪分の多さ、つまり「脂質」でしょうか。糖質が体に悪くて脂質がそうではないという論理はいかがなものかと思いますが、「食後に脂質」には何らかの意味がある可能性があります。それは、潤滑剤としての働きです。

競技直後の大食い選手に限らず、胃の中に食べ物が目一杯詰まっている状態は、誰にとってもツラいものであります。太古の昔であれば、苦しくなるほど食べることができたのはごく一部の富裕層だったとは思いますが、その肉体の苦しさ自体は今も昔も変わらないはずです。そんな胃の苦しさ和らげるためには、とにかく「胃の内圧を下げる」ことしかありません。胃から食べ物に出て行ってもらうためには、単純に「胃壁と食べ物の『摩擦係数』を下げればよいのではないか?」「そのためには脂質を多く含む食べ物を最後に!」と考えた人が、大昔(の富裕層?)にいたのかもしれません。そして、ちょうど大食い選手が自ら体感した経験を周囲に広めていくように、「食後のデザート」「食後にチーズ」という食習慣もまた、世界に広がっていったのかもしれません。チーズの歴史は古く(紀元前8000~10000年頃?諸説あり)、ホメロス(紀元前8-9世紀)も絶賛し、ローマ帝国の拡大とともにヨーロッパ中の食卓に広まっていったようです。

そんなこんなで、飛行機の機内食で食後にチーズが出てくるたびに、私は大食い選手から過去に聞いた話をあらためて噛みしめつつ、さらにホメロスやローマ皇帝にまで想像を飛躍させながら、満腹感と満足感を得るのでありました。

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