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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2010/11/26

大食いケミストリー(2)…コーヒーvs. オレンジジュース

2010年秋の本選こと『元祖!大食い王決定戦』において、大食い選手ならではの体力消耗状態として「胃酸の枯渇」とも呼ぶべき一過性の無胃酸症が問題となったのですが、その際に顕著な効果を示したのが「オレンジジュース」であった…というのが先週の話題でした。そして、この対処法に至るまでの経緯として、2009年春から本年春までの3大会に登場したアンジェラ佐藤さんの話の中に実は重大な鍵があった…というのが、今週のお話です。

アンジェラ佐藤さんは、初出場となった2009年春の本選(シドニー)の頃から、ロケバスの中で大食い競技後(の消化不良)の対処法について色々と話をしてくれる、実に貴重な存在でした。というのは、他の選手はあまり他人にそのような話をしたがらないからでもあります。ただ、スタッフにまでもあまり秘密主義を貫かれると、いざというときにスタッフは手の出しようがないのも事実です。「アンジェラさんは大食い界の救世主」と以前書いたことがありましたが(→アンジェラギャラリー(2)…ネーミング秘話)、それには実はこの側面も含まれています。医師を含めたスタッフに大食い競技の何たるかを勉強させてくれる貴重な人材…それがアンジェラ佐藤さんでありました。

確か、2009年秋のマカオにおける本選のロケバス内でのことだったと思います。アンジェラさんが私に相談をしにきました。それまで、大食い競技後の消化不良に対して「私はコーヒー派」などと雑談をしていた彼女でしたが、戦いが進んでくると、ある段階からコーヒー療法が効かなくなってきたようなのです。

ア 「(試合後の食べ物の)消化を早めるには何が良いですかね?やっぱり炭酸ですか?」
片 「炭酸は酸としては弱すぎて、少なくとも胃酸の代用品としての意味は無い。飲むならフルーツジュースかなぁ?」
ア 「じゃあ、あそこにコンビニがあるから、いっちょオレンジジュースか何か買ってくるか!」

この直後に、彼女は速攻でコンビニからオレンジジュースを買ってきました。そして翌日、そのお美しいお顔をさらに輝かせながら、私にこのように報告しにきました。

ア 「センセー、オレンジジュース、あれ結構効きますね!」

その話を聞いて、私はようやく気づくのです。「大食い後にコーヒー」というのは、コーヒーそのものの酸性度(pH)ではなく、コーヒー内に含まれるカフェインが持つ胃酸分泌促進作用が大きな役割を担っているのであり、一般社会で食後にコーヒーやお茶を飲む習慣があるのも、このことを経験的に知った先人の知恵なのでしょう。しかし、過酷な大食い競技が連戦となり、胃壁から酸がもう出きって粘液しか出ないようなフェーズに突入してしまうと、いくらカフェインでさらに胃壁にムチを打ってもムダなのだと。ただ、胃癌や萎縮性胃炎などの基礎疾患がある人ならともかく、若い健康な人間が「胃壁から酸が出ないフェーズ」に陥るなどという食のあり方というか食習慣といったものを、医学は想定していないのです(そうなる前に食べるのをやめるのが普通だとされているから)。このように医学的解析が進まない事情としては、大食い文化自体が特定の国にしか存在しないという「偏在性」と、データを蓄積して解析できるほどの症例数がないという「歴史の浅さ」の2点に集約されるのですが、そこにさらに先述の「秘密主義」も加わるのです。

そんな中にあるからこそ、アンジェラ佐藤さんの証言は実に参考になりました。「大食い後にオレンジジュース」というのは、体から酸を分泌する消化活動そのものを補助し、その分だけ体の負担を軽くする役割を有し、一般社会でも(特に欧米の)朝食の際にオレンジジュースやリンゴジュースがよく出てくるのがこれにあたるのだろうと考えられます。しかし、理論上はそうであっても、実際に体感した人の証言がないと、症例としての蓄積自体が始まらないのです。

先日、アメリカはシアトルに出張する機会がありました。その際、自由時間に書店に入って色々なコーナーを眺めていたら、とても面白い本に出会いました。『Chemistry for Dummies』と題されたその本は、化学が苦手なアメリカの学生を対象に分かりやすく書かれた化学の参考書であります。その中に、”How Acidic Is That Coffee: The pH Scale”(そのコーヒーの酸性度はどのくらい?pHについて)なる記述があります。酸・塩基についての基本的概念とpHの算出方法に引き続き、実際に台所でよく見るアイテムのpHが例記されています。以下の数字はここから抜粋したpH値で、数字が小さいほど酸性度が強くなります。ちなみに、中性(真水のpH)は7.0です。

人間の血液        7.3
牛乳            6.5
ブラックコーヒー     5.5
ソフトドリンク       3.5
酢              2.8
レモンジュース      2.3

上記のうち、ソフトドリンクが具体的に何を指すのかが書かれていないのが残念なのですが、ひょっとしたら先に述べた「炭酸飲料」(コーラなど)が該当するのでしょうか。それにしても、このリストをあらためてじっくり眺めていると、色々と面白い大食い的妄想(?)が展開できます。ブラックコーヒー自体は酸としては全く弱いということ、さらにミルクが加わりシアトルを本場とするスターバックスのカフェラテにでもなればなおさら酸が弱まるということ、牛乳は逆に酸を中和しなければならないケースにおいて最も理想的な飲料であること、それに比してレモンジュースのような果実酸は強力な酸であること、さらに、酢も同様にかなり酸性度が強いことなどです。ただ、レモンジュースも酢も、そのままの原液ではとても飲めたものではなく、希釈する必要が出てきます。そこで、唐突に新たな理論がひらめきました。しかし、これについては来週に稿をあらためたいと思います。

<参考資料>
“Chemistry for Dummies” (John T. Moore Ed.D.) Wiley Publishing Inc. : p207-208
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