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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2010/11/12

大食い国内ロケの意味(4)…「胃酸の枯渇」

『元祖!大食い王決定戦』(TV東京)は、2005年春の番組開始から本年秋放送分に至るまで、幾多の日程の変遷を経験してきました。国内ロケのみで構成された2005年春から2006年秋までは「3日間で5試合」のペースだった当番組ですが、海外ロケを採用した2007年春から2010年春までの間は「6~8日間で6試合」となりました。海外ロケとなれば、必然的に伴うことになるのが「飛行機移動」です。そして、フライトそのものの体への負担のみならず、現地到着後の時差や体調の調整という観点からも、当番組に導入されたのが「完全休養日」でした。この完全休養日は、当番組にとっては最高級に重要な存在だったのですが、その意義や価値を私も含めたスタッフは正しく理解していませんでした。そして皮肉にも、「国内回帰」となった本年秋の東北・北海道における本選の日程が「5日で6試合」となり、完全休養日が消滅したことにより、背筋の凍る思いを目の当たりにすることになった…というのが今週のお話です。

人間が食事をすると、体の中ではどのような変化が起こるでしょうか。まず、胃の中におさまった食べ物は、「消化」という過程を経ないことには上にも下にも進みようがありません。未消化の食材が胃に充満している状態を理解するには、ちょうど(胃の外観をした)巨大なソーセージをイメージしていただければ分かりやすいでしょう。そのまま何もしなければ、ソーセージは決して減ることも縮むこともありません。この状態を脱するために必要不可欠なのが「消化」という身体の活動です。この活動の第一段階は主に胃が行います。そして、大まかに言えば「消化=胃酸分泌+蠕動運動」の二つの合わせ技です。強酸である胃酸が注がれれば食材は溶けていきますが、その酸の分布にムラがあると消化の効率が悪く、胃内の食べ物が一向に減りません。だからこそ胃は、胃酸と食べ物をよく混ぜ合わせてまんべんなく消化させるべく、自らうねるような運動をするのであり、これを医学用語では「蠕動」(ぜんどう)といいます。そして、この「蠕動」は、胃のみならず小腸や大腸でも行われ、そこには膵液や胆汁に腸液なども関与してきます。こうして記述してみると、人体は「巨大な化学工場」であることを改めて実感します。

さて、大食い選手たちは普通の人の5~10倍(!)もの食べ物を胃におさめます。となると、常人の何倍もの胃酸を分泌する必要があります。ちなみに、胃酸の主成分はHCL(塩化水素)すなわち水素イオン(H+)と塩素イオン(Cl-)であり、pH1~3という強酸です。大食い選手が大食い競技の直後の苦しさから開放されるためには、この胃酸で食材を溶かして分解し、流動状に加工する必要があります。しかし、なにぶん人の何倍もの重さや体積をもった食物が胃に充満しているため、これを溶かすのに必要なHCLの量もまた、通常人の何倍にもなるはずです。そして、その原資として体から大量に塩素イオンや水素イオンなどの電解質イオンが動員されることになるのです。某大食い選手が採血検査で低クロール(Cl-)血症を指摘されたのを以前テレビで見たことがありましたが、大食いとはそれだけ体に多大な「内分泌学的負担」のかかる行為でもあります。

それでは、この大量に動因されるイオン群が、突然パタッと分泌されなくなる瞬間が訪れたら、どうなるでしょうか。食べ物は砕かれもせず溶けもせず、そのままの形で胃の中に居座り続けます。全身を動かし体をよじったりすれば、「蠕動」の方は多少なりとも肩代わりすることができますが、肝心の「胃酸」が無ければいくら蠕動があっても食材は溶けてはくれないのです。普通なら「食べ過ぎで苦しい状態」は時間を置いたり横になって睡眠をとれば改善するのですが、このような「無胃酸状態」になると、待てど暮らせど苦しさから解放されなくなります。これこそが、今回の北海道ロケで相次いで起きた出来事で、その現象を一言で表すなら「胃酸の枯渇」といわざるを得ないものでした。

そして、色々と原因を考えていくと、結局はこの「完全休養日の消滅」に行き着くのです。3日間で5試合の短期決戦であれば、泣いても笑っても3日で終わりなので、それまでの電解質の備蓄で何とか乗り切ることができるのかもしれません。そして、1週間のロングスケジュールだった場合も、途中のフライト移動および完全休養日に胃腸に肝胆膵も含めた消化器系統をきっちり休養させれば、枯渇しかけた電解質も少しずつリチャージが進み、後半戦は心機一転・電解質も一転で臨むことができる…ひょっとしたら、これまではそういうことだったのかもしれません。

今大会は、決勝進出者3名のうち実に2名が男性でありました。「男女混合戦」であっても男性が一人も後半戦に進めなかった昨年秋のマカオ大会のように、女性の躍進ぶりが目立った近年の本大会を考えれば、「男臭い」ことこの上なかった今大会が久々に異彩を放ったことは間違いありません。ただ、それは実は医学的には順当な結果だったと私は考えています。というのも、胃潰瘍や十二指腸潰瘍が男性の方が女性よりも3倍程度多いという医学的事実があるからです。これを”大食い流”に解釈すれば、男性の方が女性よりも胃酸分泌能力が高いということになります。この観点でいくと、「国内回帰型スケジュールだと男性の方が有利」という法則が存在しても不思議ではありません。

「胃酸の枯渇は男性よりも女性に起きやすい」「男性の方が『電解質の備蓄』が多い」…これらは実は、過去のロケに帯同した際にも漠然と感じていた経験則ではあったのですが、今回のロケでは(偶然かもしれませんが)この傾向が顕著に現われていました。今後のロケスケジュールを考えるにあたって非常に教訓的な大会であったと感じると同時に、そんな中を文字通り”体を張って”最後まであきらめずに健闘してくれた選手たちに心から敬意を表したいと思います。

 

(大会2日目、3回戦を終えてラフティングを楽しむ選手たち。連日の過酷な移動と大食い競技の合間を縫ってボートでの川下りというスケジュールだったが、選手たちはまるでボーイスカウトの合宿旅行のようにキャッキャとはしゃぎながら積極的に参加していた)

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