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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2010/07/09

ハワイの救急車(2)…PA・NPという資格

医師という職業は世界中にありますが、日本ほど医師に雑用をさせる国は少なくとも主要先進国には無いのではないか…そう思うことが最近少なくありません。病院にもよりますが、日本では初期研修中の医師に限らず指導医的立場のベテラン医師でさえも、医師でなくてもできるような単純作業から解放されません。採血・点滴・カテーテル挿入などの各種処置や、処方箋や診断書などの各種文書作成などはまだしも、患者の院内移動やレントゲンフィルムの運搬等や、検査結果報告用紙をカルテの所定の位置に貼ったり伝票を順番にファイルする等の図画工作的作業、ひどいケースでは封書の宛名書きなども医師の仕事だったりすると説明すると、私の周囲のドイツ人たちはみんな驚いてこう言います。「日本の病院には看護師とか医療秘書とかの『コメディカル』はいないの?」「そんなことまで医師にさせているのなら、そりゃあ”医師不足”にもなるわな…」

この問題を解決すべく、日本でも医師の仕事を軽減しようという動きがあるようです。厚生労働省が発表した「安心と希望の医療確保ビジョン」(2010年6月発表分)では、医師数増加には長い期間を要することから、「コメディカル雇用数の増加」「職種間の協働・チーム医療の充実」が盛り込まれています。「コメディカル」とは医師(あるいは歯科医師)の指示のもとに業務を行う医療従事者を指す和製英語で、本年2月、『元祖!大食い王決定戦』のハワイロケにおいて遭遇した救急車出動の際に活躍していた「救命救急士」も、これに相当します。(→ハワイの救急車(1)…救命救急士という資格

しかし、アメリカには、日本にはないコメディカル資格が二つあります。それが、「physician assistant 」(PA: physician associateとも言う)と「nurse practitioner」 (NP)です。PAは医師不足と医師偏在を背景に1965年にアメリカで研修が発足した制度で、第二次世界大戦時下の医師速成システム(日本でいう「医専」に相当か)を手本に導入されました。現在全米で7万人ほどが従事しているPAですが、養成カリキュラムは24ヶ月以上に及び、その学位は医科学修士(Master of Medical Science)となり、カバーする医療行為は「問診」「診察」は言うに及ばず、「診断」「治療計画立案」「検査オーダー」「医薬処方」果ては「手術助手」(小手術なら単独で可)も含まれます。色々なホームページを見ると、開胸術や腹腔鏡操作などの、日本では研修医にはとても任せられない医療行為をこなすPAの話に驚かされます。

NPもまた、1965年に研修の始まった制度です。看護師のさらに上級の資格ともいうべきこの資格を持つ者は現在全米に13万5千人おり、さらに毎年8000人ほどが350校から全土に巣立っていくそうです。業務内容は「検査のオーダー・施行・結果判定」「患者の診察・診断」「医薬処方」「(病状)管理」「カウンセリング」などに及びます。PAがどちらかというと日本でいう医師業務寄りにシフトしているのに対し、NPは看護・介護業務寄りにシフトしているという傾向はあるものの、実際には両者の業務範囲はかなりオーバーラップしているようで、特に日本では医師にしか行うことのできない「病状判断」や「検査処置の指示」「処方」などを含む点が特徴的です。

ということで、先週のコラムに話が戻りますが、「救命現場を指揮していた手術着姿の若いアジア系女性」は、医師である可能性もありますが、今思えばPAやNPであった可能性もあります。PAやNPは医師に比べて養成期間が短くて済むことから、あの若い女性もそうだったのかもしれません。もっとも、世界のどこにいても、東洋人は若く見えることで有名なので、見た目だけでは判断できませんが…。国家資格を持つ専門職であること、仕事を調整できるシフト制勤務(週3日勤務や週4日勤務など多彩な勤務形態)が可能なこと、訴訟等のリスクが低いこと、それでいて収入が良いこと(時間外手当もつくため、長時間働けばそれだけ給与が上がる)から、PAやNPは大変人気の高い職業だそうです。

日本にも「PAやNPなどの制度導入を!」という声があり、先述の厚生労働省の「安心と希望の医療確保ビジョン」も、アメリカのPAやNP制度を視野に入れたものだとの解説も見られます。しかし、私は日本にPA/NP制度が出来る可能性について、限りなく悲観的です。なぜなら、日本では勤務医が時間外手当をまともに支給されていないケースが圧倒的だからです。早い話が、日本では医師に雑務を全部押し付けるのが最も安上がりなのです。看護師や技師、事務職などは時間外手当が支給される身分のため、彼らに雑用を肩代わりさせると人件費が大幅にかさんでしまいます。まして、PAなどという高度な専門性を持つ資格者に長時間勤務されてしまうと、世界的に見ても安すぎる今の日本の診療報酬のままでは、あっという間に日本中の病院が潰れてしまうことでしょう。また、PAの方が儲かるなどという事が喧伝されようものなら、リスクを取る医師の成り手がいなくなってしまうこともあり得るでしょう。

まずは、良心的な病院ほど経営が成り立たない仕組みになっている現在の診療報酬制度を見直すことと、献身的な医師の頑張りを当たり前のことのように要求しないことが、今の日本の医療を取り巻く課題でしょうか。それでも、ハワイの救急車で見たあまりに非効率な光景に比べれば、日本の医師を中心とする効率・即断性に優れた合理的な医療プロセス自体は、海外ではあまり見ない日本ならではの優れたシステムと考えられます。そんなことに気づかせてくれたという点でも、今回の大食いロケによるハワイ滞在は、実に思い出深い経験となりました。


<参考資料>
厚生労働省:「安心と希望の医療確保ビジョン」

Wikipedia - コ・メディカル

Nikkei Medical 2008.12 寄稿
「フィジシャン・アシスタントって何?米国の医療現場ではいまや不可欠の存在」
(コロンビア大学胸部外科・高山博夫)

History of the Profession, Physicians Associate Program - Yale School of Medicine

American Academy of Nurse Practitioners - FAQs about Nurse Practitioners
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