Nagoya Talents' Network - タレコラ

Dr.片山晴子 RSS Feed

金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2010/05/07

菅原初代とエフゲニー・プルシェンコ(3)…ショーよりもコンペティション!

フィギュアスケートを初めとするあらゆるスポーツには「全日本選手権」といった大会がありますが、大食い競技における「全日本」に相当する大会は何でしょうか。視聴者の死亡事故を機に国内から全ての大食い番組が消えた三年後、2005年に『元祖!大食い王決定戦』(TV東京)の名でリニューアルされた当番組は、キー局によるテレビの全国放送がある本邦唯一の大食い競技会という位置づけになりますでしょうか。当番組3連覇中で岩手県盛岡市在住の菅原初代さんは、盛岡のわんこそば選手権においても3連覇中です。この大会もまた全国から参加可能ではあるものの、全国規模である訳ではありません。少なくとも現時点では、日本一の大食いを探し出す「頂上決戦」としての組織性を持つ大会は存在しないと考えられます。

それゆえでしょうか。菅原初代さんは当初から、世界進出への意欲を幾度となく口にしていました。「世界最大の大食い祭典」というものがあるとしたら、それはアメリカの『ネイサンズ・ホットドッグ早食い選手権』だと思うのだが、それに参加したいが費用もアシもないし、行くきっかけもなければお呼びもかからない…そんな内容でした。

そんな彼女のツイッターならぬ”つぶやき”を聞くたびに、菅原さんは骨の髄まで「コンペティション」を渇望している人なのだなぁ…などと思ったものでした。そして同時に、なぜか、何の脈絡もないはずのフィギュアスケート界の縮図が脳裏に浮かんでくるのでした。

フィギュアスケートを見続けて私が感じていることの一つに、選手は最終的に三つのカテゴリーに分類できる、というのがあります。第一のカテゴリーは、「アイスショー志向組」です。引退を表明した選手がプロ転向の理由を聞かれた際に、「ルールや点数といった競技上の制約から解放されて、自分の表現したいと思う世界を自由に表現したいから」といった趣旨の発言をするケースがこれにあたります。トリノ五輪金メダリストの荒川静香さんは、このカテゴリーの世界的代表格と言っても良いでしょう。

第二のカテゴリーは、「コンペティション志向」です。ピークの年齢を過ぎていると周囲の誰もが思っていても、本人は断固として引退を拒否し、競技続行にこだわり続ける…そんなケースはここに分類されます。例を挙げるなら、最近所属が決まり現役続行に望みがつながったと報じられた村主章枝選手でしょうか。彼女はインタビューなどで第一カテゴリー的な発言をすることが多々あるため、ちょっと紛らわしいのですが、本音核心の部分はこちらのカテゴリーに入るのではないかと推察します。彼女が観客を引き込みたいと思っている「自分の表現したい世界」が、あくまでも勝負事の厳しさや現実の非情さの中でこそより輝いてみえる一輪の花のようなものであるとすれば、彼女が現役にこだわりつづける理由が説明できます。

第三のカテゴリーは、その中間である「両立型」です。一旦は引退したもののオリンピックのたびに復帰してくるケースなどは、まさにこれに相当します。その代表格は、今年のバンクーバー五輪男子シングルで4位に入ったステファン・ランビエール選手(スイス)でしょうか。2005年及び2006年の世界選手権で2連覇達成、2006年トリノ五輪で銀メダリストとなった後、一度は引退してその活躍の場をアイスショーに移しましたが、五輪シーズンとなる昨年からアマチュアに復帰してきました。バンクーバーでは銅メダリスト・高橋大輔選手との差はたった0.51点でしたが、この大会後に再び引退を表明しました。「両立型」選手の最大の特徴は、「ショー」にも「ショーブ」にも同じくらい強いという器用さにあります。真剣勝負の場でもエンターテインメントの場でも突出した輝きを見せることができるスケーターであるというのは実に稀有な才能であり、ランビエールはこの資質でも世界的に評価が高い選手です。その資質は、身体表現力のみならず性格面での幅の広さや切り替えのうまさなどに裏打ちされていると考えられます。

それでは、先週から紹介しているフィギュアスケート界の皇帝・エフゲニー・プルシェンコは、どのカテゴリーに入るでしょうか?「五輪で復帰」という点から、第三カテゴリーと一瞬考えがちですが、「四回転論争」などにみる彼の発言からは、勝負に対する強いこだわりが感じられます(→菅原初代とエフゲニー・プルシェンコ(1))。そういう意味で彼は、第三カテゴリーに収まりきれず、第二カテゴリーに舞い戻ってきたスケーターというべきかもしれません。だからこそ、すでに栄冠も名声も(お金も)手にしていながら、自分の肉体を「実年齢不相応にガタガタ」と表現しつつも、股関節や膝関節を次々と手術しつつ、競技会から引退することを断固拒否し、2014年ソチ五輪までの現役続行を早々と表明しているのもかもしれません。

そして、菅原初代さんは文句無く、大食いの中での第二カテゴリー度の最も高い選手と言えそうです。彼女は、「大食い」の名を冠した勝負の世界で最高のパーフォーマンスを披露するためなら、たとえそれがどんなに自分の体をいじめ抜く鍛錬であっても厭わない人物です。しかし、裏を返せば、彼女は少なくとも大食いに関する限り、自分が輝ける場所はあくまでも真剣勝負のコンペティション(競技会)であって、バラエティーやショーの世界では決してないということを熟知しているのです。

まだ彼女のキャラクターが固まっていなかった初期の頃、やたらとジャージを着せられ、ヒール(悪役)としての演出が続くことに対し、ボソボソと愚痴をこぼす菅原さんの姿をよく目にしました。しかし、執着的なほどの研究熱心さと負けず嫌いの性格で、演出側の意図を読み取り、振り当てられた役割を演じることをマスターしました。最近では、演出の意図を先取りしすぎた過激なアドリブは飛び出すわ、そのアドリブに打ちひしがれた他選手に制作サイドの論理を説明してフォローするなど、彼女も随分エンタメ慣れした感があります。しかし、それでもやはりプルシェンコ同様、彼女は本質的には第二カテゴリーの選手であり、第三カテゴリーには収まりきれないのです。筋書きも談合もない厳然たる勝負という名のパーフォーマンスの中にこそ、真のエンタメはあるのであり、そこには彼女にしか表現できない世界がある…テレビ画面から彼女は私たちにそう訴えかけているように見えます。ただ、それを人生の輝きの一種であると理解かつ認定してくれる人は世界にまだそう多くはない、という現実がそこにあるだけです。


<参考資料>

スポーツ大陸 大逆転スペシャル (2009年12月20日、NHK)
(荒川静香選手を「人と競い合うことは嫌いだった」「夢はアイスショー」と描写)

EGG TIMES(エッグタイムズ) サニーサイドアップが提供するオフィシャルウェブマガジン
SSU People: Athlete 「村主章枝」
(↑このページのSSU所属メンバーの中には、テレビチャンピオン大食い選手権出身の世界的大食いスター・「小林尊」さんがいることを、初めて知りました。村主さんと大食い、いつの間にか思わぬ形で繋がっていたのですね!)

Wikipedia – ステファン・ランビエール
バックナンバー>>
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472