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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2009/11/13

大食い番組の危機管理(2)…安全という名の危険

前回は、大食い番組内で近年とみに多くなった「流血の惨事」こと、口腔内トラブルについてお話ししました。2004年春にリニューアルされたばかりの頃は割と牧歌的だった『元祖!大食い王決定戦』(TV東京)も、ジャイアント白田さんやドクター西川さんの参戦、菅原初代さんの登場などを経て、すっかり格闘技に変貌した感があります。特に、菅原初代さんの急成長がこの傾向を決定づけたと言えましょう。男子顔負けのスピードで大食い界を席捲するようになった彼女に、必死でついていこうとする試合展開が増え、試合後に口内炎や口腔内裂傷、ひいては粘膜剥離などのケアを必要とするケースが続出し、担当ドクターとしては毎回胃がキリキリする思いです。

そんな「流血時代」に突入した大食いですが、それなら「流血」の心配のない食材ばかり使えば良いのかというと、そうもいかない…というのが今回の話です。安全性の高い食材には、番組スタッフが最も警戒する怖い側面があるのです。

象徴的な事例は、ごく最近ありました。前回オンエアのあった2009年春の女王戦の初戦です。伊勢原市の山深い神社の境内にて、地元の名物食材を使用した「湯豆腐45分勝負」を行うことが以前から企画され、台本にもそう書かれ、当日もその方向で着々と準備が進んでいました。それが、現地に着いて番組プロデューサーが現物を試食して、鶴の一声が挙がりました。

「センセ、これ、危険過ぎない?30分勝負に変更!」

なぜ、豆腐は危険過ぎるとプロデューサーは考えたのでしょうか。一つには、会場の気温がありました。鬱蒼と木々が茂る山奥の神社とあって、気温は冷蔵庫の庫内並みの5度でした。これでは、準備や待機の間にどんどん食材の温度は下がっていきます。「湯豆腐」という名に反して、選手の手元に届く頃には、常温を通り越して「冷奴」になってしまいます。「外気の冷たさ」と「食材の冷え」の揃い踏みは、体を表面からも芯からも冷やすことになり、選手が寒さに参ってしまいます。そう考えると、45分という試合時間は長すぎて、医学的にも大変危険でした。

しかし、この決定の最大の要因は、別のところにありました。それは、食材そのものの「食べやすさ」です。

一般市民の日常生活上は、豆腐そのものは決してトラブルを起こしやすい食材ではありません。むしろ、その逆です。ノドで詰まることも無ければ、胃の中で固まることもありません。誤嚥しにくいことも特徴です。だからこそ、脳梗塞後の後遺症など、嚥下障害のある患者さんが、リハビリとして口から食べるトレーニング(嚥下訓練)を開始する際、病院で真っ先に出てくる食材の一つでもあるのです。

しかし、大食い界においては、その「安全性」が非常に危険なのです。余りにスルスルとノドを通る食材だと、出場選手の力量からいっても、異様な早食いレースが展開されてしまう危険があります。以前から当コラムで何度も申し上げていますが、大食い番組が3年間の放送中止を経験した原因は、番組を真似た視聴者による窒息事故にありました。その後の放送再開以降、冒頭部で「早食いは厳禁!」などと選手に連呼させる演出を毎度のように織り込むのも、スタッフによる強い警戒心の表れと見えます。競技のスピードが早くなることは、番組を一瞬で潰してしまう事故につながる恐れがあるのです。

さらに、別の要因も重要です。近年のスピードアップかつパワーアップが顕著な本選出場選手たちは、あっという間に最大容量を胃に収めることができてしまうツワモノばかりです。そうなると、例えば45分勝負の場合、冒頭の10分で最大量を平らげてしまい、残りの35分間はひたすら座って耐えるしかない…などという、とても放送できない絵しか撮れないこと間違いなしでしょう。大食いには、「食べやすい」食材は「出やすい」食材でもある、という法則もあります。これもまた、大食い競技を観察する際の重要なポイントです。

その点、「硬い食材」「飲み込みにくい食材」「アツアツの食材」などは、早食いに適さない食材でもあります。これらは、口の中のトラブルの原因とはなっても、全身のトラブル、ひいては放送事故の原因とはなりにくいという考え方もできます。

「ゆっくり食べましょうネ」と言えばそうしてくれるなら、誰も苦労はしないでしょう。しかし、当番組は「元祖!負けん気王決定戦」の側面も色濃いことは、番組を見た方ならご存知のことと思います。プロデューサーが何度苦言を呈しても、ディレクターが懇々と訓辞を垂れても、試合開始の太鼓が鳴れば、そのような助言はキレイさっぱり頭から消えて戦闘モード全開です。そんな選手の混じり気のない闘争心もまた、他のスポーツやバラエティとも趣きを異にする、当番組の魅力の一つでもあります。今後も、食材選定には制作者の様々な思惑が入り乱れるでしょうが、危機管理の観点も組み入れて、これまで以上に見ごたえのある番組を期待しています。

 

(2009年2月26日、伊勢原市にて、ロケ終了後の後片付け中に撮影。本選1回戦「湯豆腐45分勝負」では、この仙人鍋の中に実際に豆腐をズラリと並べていた)