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金曜日

Dr.片山晴子

高校野球取材や大食い番組等のメディア出演を行う東京大学医学部医学科卒の脳神経外科認定専門医の医学博士。ドイツ在住。
2009/08/21

大食い戦闘服(2)・チュニックin Japan

大食い戦闘服(2)・チュニックin Japan

前回のコラムでは、大食い選手のファッションとして「チュニック」「ワンピース」の比率が増加していること、その理由として「腹部の圧迫を防ぎ、一口でも多くハラに収めることができる」という競技上のメリットが考えられると説明しました。この中でもチュニックは、ファッションにさほど敏感ではないドイツでも、今年に入って流行の兆しを見せています。今週は、チュニックという衣服について少し説明を加えつつ考えみたいと思います。

広辞苑で「チュニック(tunic)」を引いてみると、以下の説明があります。
「婦人上衣の一種。多くは4分の3丈程度の長さ。時代によりさまざまな型がある」
また、ブリタニカ国際大百科辞典には、こうあります。
「古代ギリシャ・ローマ時代に着用した衣服。呼称の由来はラテン語で、おおうものの意。…(中略)…まっすぐな円筒形の服で、ウエストを締めるか締めないまま下着または上衣として着用され、今日の多くの上衣の原型とされる。現代では特に女性用の、スカートやズボンの外に出して着用する臀部までの上衣をいう」

よく、古代人の生活を再現する漫画や映画ないし展示などで、円筒形の麻製の布をスッポリ被っただけのような服を着た人物が出てきたりします。その胸周りや腰周りにはくびれがなく、頭と腕を通す部分だけを丸くくりぬいたような、大変原始的な衣服です。例として、先日訪問した姫路市の「あずきミュージアム」に展示されていた、縄文人を模した人形の写真を載せてみます。

 

この人形の衣服は、上記のブリタニカで説明されているチュニックのうち、ウェストをベルト状の布で締めて着用する上衣に相当します。こうしてみると、王侯貴族でもない限り、古代の一般庶民は、オシャレやファッション以前に、食料を調達したり、危険から身を守ることで精一杯だったと思われます。動きやすく体を締めつけない衣服が好まれるのも、考えてみれば極めて当たり前のことです。

それがいつの間にか、やたらとウェストのクビレや胸の膨らみ、腰のラインなどを強調する服がオシャレという時代に代わっていきました。ファッションとはそもそも、古代エジプト時代のファラオやヨーロッパの宮廷文化における王妃や貴婦人など、「食料調達はあくまでも他人任せ、自分は食べるほう専門」という、大変めでたい立場に身をおく人以外には意味をなさない道楽だったはずです。それが、18世紀から20世紀にかけての産業革命から技術革新の流れの中で、ファッションも次第に庶民に手の届く概念となり、日本でこの語が単独で定着したのは1960年代に入ってからだそうです。

あらためて考えると、農業・漁業など一次産業に従事する人口の激減、食料自給率の低下、輸入食料への依存…この辺がまさに日本を17世紀のフランス王侯貴族顔負けの「ファッション大国」へと走らせる要因なのかもしれません。自分で汗や泥にまみれて食料を確保する必要もなく、食料調達はあくまでも貨幣でなされる世の中です。しかも、いくら経済危機とはいっても、世界で最もお金を持っていると思われている国・日本です。世界に冠たる独自の高度なファッション文化は、日本女性たちがそんなお金と情熱を注いだ産物なのでしょう。

この流れで考えると、「チュニック」という古代文明の時代の衣服が、最新鋭技術のあふれる現代に流行するのは、なんだか変な感じがしてきました。しかも、大食い界のみならず、ドイツ女性の間にも流行しつつあるというのが嬉しいところです。その共通項は何か?この辺については、来週に続きます。

<参考資料>
あずきミュージアム
姫路市阿保甲611-1 (株式会社「御座候」の敷地内にあります)
http://www.gozasoro.co.jp/amuseum/top.html